表紙








とりのうた 75



 想定外の申し出に、刑事たちは戸惑っていた。
「だから今、取り調べ中で」
「邪魔はしません。 傍で見ててくれていいんです。 ただ、彼に会わないと、知ってることを言えないんで」
「なぜですか?」
 じれったそうに、若い男が訊き返した。
 未夏は、火の出るような激しい眼差しで、相手を見つめた。
「彼だけじゃなく、他の人の人生にも大きな影響があるからです」


 二人は、未夏から少し離れ、小声で相談し、電話をかけた。
 それから、気の進まない様子で戻ってきた。
「まあ、会うだけなら。 物を渡したりするのは無しですよ」
「はい。 五分だけ待ってもらえますか? 家で化粧直ししたいんです」
 泣いた跡がわかる顔を見て、中年刑事がうなずいた。
「どうぞ」



 玄関から飛び込んだ未夏を、緊張した顔の母が迎えた。
「外で話してたの、警察でしょ? さっき来て、未夏さんいますかって」
「うん」
 生返事して、未夏は一気に二階へ駈け上がった。 そして、鏡に向かう前に本棚からアルバムを取り出し、写真を数枚抜き取った。


 きっかり五分で、未夏は支度を終え、刑事たちの普通乗用車に乗った。 行く先は、坂口が聴取されているK市西警察署だった。
 それまで警察の建物に入ったことがなかったので、正面入口をくぐるとき、足がすくんだ。 これからやらなければならないことを考えると、更に緊張が増した。


 取調室は、二階にあった。 中年の刑事がまず中に入り、二分ほどしてまた出てきて、未夏を差し招いた。
「いいですか、妙な入れ知恵はしないように。 僕たちの責任になるから」
「ありがとう、ご迷惑はかけません」
 そう答えて、未夏は若い刑事の後について部屋に入った。


 縦長の部屋だった。 手前の小机に一人、真ん中にある机に二人の刑事が席につき、突き当たりの格子窓を背にして、ライトブルーのシャツを着た坂口が坐っていた。
 若い刑事の背中から未夏の姿が現れたとき、坂口の表情が大きく変わった。 鋭く息を引いて、腰を浮かせた。









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