表紙








とりのうた 70



 幸田は、一時過ぎにのんびりと戻ってきた。
 未夏はもう支度を済ませていて、幸田を見るとすぐサマーカーディガンと日避け帽子とバッグを持ち、出口へ飛んでいった。 その勢いに、幸田がびっくりして、すれ違いざまに声をかけた。
「あれ、そんなに急いで、待ち合わせ?」
「みたいなもの。 四時過ぎるかもしれないけど、よろしく!」
 言い終わると同時に、ガラスのドアが閉まった。




 日焼け止め用のカーディガンを着て帽子をギュッと頭に押し込むと、未夏は駐輪場へ走った。 その間に、バッグから携帯を引き出していた。
 駐輪場にも駐車場にも、人影はなかった。 未夏は、教わったばかりの坂口の番号を荒っぽく押した。 だが、電源が切られていた。


 取調べ中、と白井は言った。 任意同行か何かで、警察に止められているのだろうか。
 むちゃだ、と未夏は心の中で呻いた。 あり得ない。 あっちゃいけないことだ。
 十五年前に坂口統真がしたことは、『彼』には何の関係もないんだ!


 ありがとう……
 昨日、ずっと心に引っかかっていたのは、その言葉だったのだ。 坂口が、ありがとう、と口にしたとき、潜在意識が気付いた。
 これは、ヒロちゃんの喋り方だと。


 携帯をしまうとき、指が震えて落としそうになった。 走っていないのに、息が苦しかった。
 奇怪な夢に放り込まれたような気持ちだった。 坂口さんが、古河博己……?

 ふっと、未夏は泣きたくなった。 勤務時間でなかったら、号泣していたかもしれない。
 たまらなかった。 受付でじりじりと幸田を待っていた半時間、そして、こうやって外に出てきてからも、頭は勝手に動き、事件の筋道を様々に探っていた。 さながら迷路パズルをしているように。


 乱れる記憶は昔に流れ、最後に見た博己の姿に行き着いた。 小さな稲荷神社の境内に、ぼうっと立っていた後ろ姿。 妙に肩が落ちて、暗く見えた。 その後に起こった火事のせいで余計そう思うのかもしれないけれど、あれは確かに、いつものヒロちゃんじゃなかった。
 あのときから既に、事件の芽は頭をもたげていたのだろうか。

 未夏は涙をこらえるために唇を噛み、自転車を取り出した。 お稲荷さんに行ってみようと思った。 ご加護があるかもしれない。 ないかもしれないけど、できることは何でもやると心に決めていた。
 今度こそ、ヒロちゃんの力になりたかった!









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