表紙








とりのうた 69



 今度こそ、未夏は呆けたように白井を見つめるしかなかった。
 そんなバカな。 あり得ない。 彼に限っては、絶対に!
 頭の奥の引出しから、一つの知識が這い出てきた。
「十五年前? もう時効でしょう?」
「いや、彼は二年留学してたから、その間は時効が停止になるんです。 たとえ調査に時間がかかっても、二年あればクリアできるでしょう」
「なんでそんなに、坂口さんのことをよく知ってるんですか?」
 未夏は気分が悪くなってきた。 殺人……まったく非日常的な、おぞましい事件だ。 そんなことにあの物静かな、優雅でさえある坂口がかかわっているなんて、世界が引っくり返りそうだった。
 自分でも調子に乗ってしゃべりすぎたと思ったらしく、白井はもぞもぞして目を伏せた。
「いや……前から坂口社長が福祉事業に熱心でね、俺もお世話になったんですよ。 息子に似てるから他人とは思えないって言って、就職のときも口きいてもらったり」
 未夏がジロッと見た視線が気になったようで、白井はむきになった。
「高校ぐらいのときは、今より似てたんです。 統真さんのほうがおとなっぽい顔になったけど」
 後ろから、貸し出し希望の女性が近付いてきた。 未夏は仕方なく、白井に囁いた。
「カフェのことは、もう気にしないで下さい」
 ほっとした顔になって、白井は早口で言い残していった。
「ありがとう」




 ありがとう……?


 そうだ、その言葉だ!


 未夏が突然立ち上がったので、前にいた女性は驚いた。
「あの……」
「あ、はい」
 しかたなく、糸で引かれるようにまた坐ったが、気持ちはまったく別方向に向いていた。 胸が異様にざわめき、じっとしているのが苦しかった。
 機械的に貸し出し処理をしながら、未夏は何度も柱の時計に目をやった。 幸田みさが、一分でも早く食事を終えて交代してくれることを願って。











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