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今度こそ、未夏は呆けたように白井を見つめるしかなかった。
そんなバカな。 あり得ない。 彼に限っては、絶対に!
頭の奥の引出しから、一つの知識が這い出てきた。
「十五年前? もう時効でしょう?」
「いや、彼は二年留学してたから、その間は時効が停止になるんです。 たとえ調査に時間がかかっても、二年あればクリアできるでしょう」
「なんでそんなに、坂口さんのことをよく知ってるんですか?」
未夏は気分が悪くなってきた。 殺人……まったく非日常的な、おぞましい事件だ。 そんなことにあの物静かな、優雅でさえある坂口がかかわっているなんて、世界が引っくり返りそうだった。
自分でも調子に乗ってしゃべりすぎたと思ったらしく、白井はもぞもぞして目を伏せた。
「いや……前から坂口社長が福祉事業に熱心でね、俺もお世話になったんですよ。 息子に似てるから他人とは思えないって言って、就職のときも口きいてもらったり」
未夏がジロッと見た視線が気になったようで、白井はむきになった。
「高校ぐらいのときは、今より似てたんです。 統真さんのほうがおとなっぽい顔になったけど」
後ろから、貸し出し希望の女性が近付いてきた。 未夏は仕方なく、白井に囁いた。
「カフェのことは、もう気にしないで下さい」
ほっとした顔になって、白井は早口で言い残していった。
「ありがとう」
ありがとう……?
そうだ、その言葉だ!
未夏が突然立ち上がったので、前にいた女性は驚いた。
「あの……」
「あ、はい」
しかたなく、糸で引かれるようにまた坐ったが、気持ちはまったく別方向に向いていた。 胸が異様にざわめき、じっとしているのが苦しかった。
機械的に貸し出し処理をしながら、未夏は何度も柱の時計に目をやった。 幸田みさが、一分でも早く食事を終えて交代してくれることを願って。
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