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長いやりとりが終わると、坂口は携帯をポケットに放り込み、一瞬天を仰いだ。
それから、ゆっくりした足取りで、未夏の元に戻ってきた。
「帰らなくちゃ。 もうちょっと一緒にいられると思ったのにな」
「今日はご馳走さまでした。 楽しかった」
未夏が挨拶したとたん、手を握られた。
「まだお別れじゃないよ。 うちまで送る。 乗って」
車の中では、ほぼ無言だった。 さっきより傾いた太陽が、ビルの脇からチラチラ覗くのが、隠れんぼのようで郷愁を誘った。
座席に体を沈ませながら、未夏はさっきから考えていた。 少し前に聞いた言葉のうち、何かが記憶に引っかかっている。 ぼんやりとしたものが意識の下でうごめいているのだが、どうしてもはっきりした形を取ってこなかった。
やがて、家に向かう小路が近付いてきた。 反対方向から父のトラックが来て、一足先に曲がるのが見えたため、未夏は慌てて坂口に頼んだ。
「ここでいいです。 停めて」
言われたとおり、坂口はブレーキを踏んだ。 車はなめらかに停車した。
バッグを抱え上げて、未夏は説明した。
「父さんがスーパーの宅配を始めたもんだから、軽トラで時々家に立ち寄るの。 男の人が来ると、あんまりいい顔しなくて」
そう言ってから、未夏は自分の言葉に照れた。
「四捨五入したら三十の娘に、今更何言ってるのって話だけど」
「僕に娘がいたら、やっばり心配だろうな」
坂口が思いがけないことを口にした。
「子供好きだし、幸せにならなきゃ落ち込むと思う」
「あなたなら幸せにできるよ。 いいお父さんになれそう」
そう言い残して、未夏は車を降りた。 後ろで、低い呟きが聞こえた。
「結婚は……しない。 たぶん」
驚いた未夏が振り返ったとき、車はもう動き出して、通りを北東へ去って行くところだった。
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