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とりのうた 65



 この間は美味しかったね、ということで、二人はオープンカフェ『レモンリーフ』へ向かった。
 今度は店の中に入った。 奥の席に座り、二人はひっそりと料理を味わった。
 店内には押さえた音量で音楽が流れていた。
「いい曲ね」
 未夏が言うと、少し耳を澄ませてから坂口が答えた。
「バードランドの子守唄だ。 親父が好きな曲」
「うちの父さんは石川さゆり」
「美人だから?」
 坂口はそう言って微笑した。 未夏も笑った。
「そうかもしれない。 歌うまいしね。 母さん少し焼き餅焼いてるみたいだけど」
「母さんか……」
 坂口の声が濁った。 ほとんど空になった皿に目を落とすと、彼は一気に言った。
「うちの母は、自殺したんだ」


 暖かな色に塗られた店内が、不意に青っぽく感じられるようになった。
 未夏はフォークを置き、反射的に坂口の顔を見た。 目を合わせないで、坂口は話を続けた。
「事故死ってことになってるが、本当は違う。 飛び降り自殺した」
 どう答えていいかわからない。 未夏は瞬きして、また黙々と食べ始めた。 ぎこちないその様子を目にして、坂口は後悔した様子だった。
「こんなこと言うべきじゃなかったな。 楽しく食事してるのに」
「そんなことない」
 未夏は真心を込めて答えた。
「話してくれたのは、信用してるからでしょう? 言わないよ、誰にも。 うちの親にも」
 坂口の口が、ぴくっと引きつった。
「ありがとう。 そういえば、人に話したの初めてだな。 うちには秘密が多すぎるんだ」
 誰だって隠しておきたいことはある。 打ち明けられたのは嬉しかった。 それだけ坂口との心の距離が近付いた気がした。


「また時間ある?」
 カフェを出るとき、坂口はそう訊いた。 未夏が答えようとしたそのとき、携帯電話が鳴った。
「何だ?」
 初めて苛立った顔を見せて、坂口は電話を出し、未夏に断わって店の横に行った。
 話している言葉は聞こえなかったが、相手の言葉に耳を傾けている顔は険しかった。








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