表紙








とりのうた 64



 いつまでもキスしていたかった。 眼を閉じて彼の腕の中にいるのが自然で、ごく当たり前のことに思えた。
 風はますます強くなり、かすれた音を立てて塔を巡った。 強風に追い立てられた雲が空の半ばを覆って、陽射しが消えた。
 唇が離れても、二人はしばらく抱き合ったままでいた。 夜明け前のように薄暗くなる景色が、シェルターとなって護ってくれる気がした。

 未夏の背中で腕をクロスさせたまま、坂口が呟いた。
「UFOキャッチャーになった気分だ」
 とぼけたことを不意に言われたので、一挙にムードが変わった。 未夏はクスクス笑い、彼の胸を頭で軽く押した。
「私は釣れない、重いから」
 胸はまだドクドクと鳴っていた。 だが、心は現実に戻りかけていた。 この人にとっては、どうってことないのだろう、キスぐらい。
 そう気付いて、未夏は落ち着かなくなった。 誘惑されそうな自分が怖い。 ちょっと焦って、バッグを肩にかけ直した。
「そろそろ、降りない?」
 真剣な目が、レンズの向こうから未夏の顔を探った。 低い声が言った。
「軽い乗りでしたんじゃない。 それだけは覚えておいて」
 それから未夏の手を取ると、エレベーターへずんずんと歩いていった。


 今にも雨が降るかと思ったが、間もなく雲は切れ、太陽が戻ってきた。 二人は手を繋いだまま駐車場へ戻り、黙って車に乗った。
 シートベルトをかけ終わって未夏が横を見ると、坂口はステアリングに片肘を置いて前を眺めていた。 わずかな間に頬がこけて影ができた気がして、未夏は眼を大きくして見直してしまった。
 坂口の顔が動き、微笑が浮かんだ。
「どうした?」
 未夏は急いで首を振った。
「ううん、何でもない」
「昼飯、食べに行こうか」
「そうね」
 普通の会話なのに、どこか遠くから聞こえてくる。 未夏はまだ、キスの余韻を引きずっていた。
 そして、坂口はそれ以上の気持ちの揺れを感じているようだった。








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