表紙








とりのうた 63



 公園の入口右側にある駐車場に車を止めて、二人は広い園内に入った。大きな四角ばった木が並ぶ後ろに、樹木が波のように広がっている。 突き当たりに、灰色の円錐に載った丸い箱舟のような展望塔があった。
 五十メートル以上あるという展望台まで、エレベーターは一気に上った。 風のない日だったが、台の上に出ると、弱めの海風が吹きつけて、未夏のスカートを揺らした。
 空気が澄んでいるため、港にある白いタンク群や赤白に塗り分けられた鉄塔がくっきりと見えた。 大きな黒い船が、タンカーと前後して鹿島港に入ってくる。 太平洋の海は彼方まで明るい青で、水平線に近付くにつれ濃さを増していた。
 平日の午前中だ。 他に、見物人は誰もいなかった。 坂口は柵に軽く寄りかかり、気持ちよさそうに周囲を見渡した。
「改めて、広いなあ。 町も海も、コンビナートも全部見渡せる。 この景色を二人で独り占めっていうの、結構ぜいたくな感じ」
 少し離れた空を、茶色の影が横切っていった。
「鳶かな」
「隼かも」
「隼って灰色じゃなかった?」
「じゃ、鷲かもね」
 目の上に手をかざして、未夏は海へ出ていく鳥影を見送った。
 坂口も眼鏡を直して、同じように鳥を目で追った。
「鳥って自由でいいなあと思うけど、羽か足、どちらか一つでも折れると終わりなんだ」
「厳しい生き方を選んじゃったのね。 昆虫は六本足でスペアがあるのに」
「ほんとだ」
 小さく笑って、坂口は柵から体を起こした。
 それから、さりげなく尋ねた。
「幸田さんから僕のプライベートな携帯番号聞かなかったんだね」
 幸田みさは無料ただで教えるような人じゃない。 それに、無理して訊き出そうとも思わなかった。 未夏はちょっと苦笑した。
「それは普通しないでしょう。 図書館の同僚だけど、そんなに親しくないし」
「いや、君が訊き出そうとしたなんて思ってるわけじゃないんだ」
 どこかほっとした表情で、坂口は答えた。
「ただ、話のついでに何か言ったかと思って」
 未夏は首をかしげた。 幸田はやっきになって坂口と付き合いたがっていただけだ。 だから未夏が近付くのをむしろ嫌がっていた。
「別に何も」
「拾った僕の携帯見せた?」
「全然」
「ふうん」
 なぜか、少し物足りなそうに息をつくと、坂口は早口になった。
「じゃ、押し付けで番号教えさせて」
 冗談混じりに、坂口は電話を取り出した。
可笑しくなって、未夏も微笑みながら同じことをした。


 その後、二人は眼下に広がる雄大な景色を、何枚か写真に撮った。
「君を写してもいい?」
 坂口か不意に訊いた。 未夏は急いで、髪を手櫛で後ろに流してから微笑みを作った。
「どうぞー」
 彼が写した後、未夏も彼を撮った。 達弥に見つからないよう、後でPCに移しておこうと考えながら。
 気がつくと、坂口が憂いを含んだ眼で未夏を見ていた。
「お礼するはずなのに、なんか僕が引っ張り回してるだけだな。 もう一度この景色を見ておきたいと、ふっと思いついたもんだから」
「楽しいですよ」
 未夏は急いで答えた。 本当にそう思った。
「ここへ上ったの久しぶりだし。 前のときは曇ってたから」
「どこか行きたいところ、ある? したいこととか」
「特には」
 風が少し強くなった。 携帯をしまおうとしてうつむいたとき、足がちょっともつれた。
 一歩下がっただけなのに、坂口が心配して腕を出した。

 寄り添いあった姿勢で、二人は数秒間じっとしていた。
 やがて、未夏の目の前が影になって、軽く頬が触れ合ってから離れた。 同時に、息が混じった。 上空から吹き降りてきた微風のように。
 未夏は顔を仰向けて、すぐ前にある男の顔を見た。 地表から遥かに離れ、二人だけ空に切り取られた――そんな気がした。
 もう言葉は要らなかった。 しばらく見つめ合った後、二人は静かに引き寄せ合い、唇を重ねた。









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