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とりあえず、顔を洗って着替えをした。 港公園は広い。 歩くから、動きやすい服装を選んだ。
窓へ手鏡を持っていって、自然光でメイクが浮いていないか確かめながら、未夏の考えはあちこちへ飛んだ。
――靴は茶色のバレーシューズがいいか。 達弥は今ごろ車で飛び回ってるかな。 あ、このカーテン汚れてきた。 洗わなきゃ――
忙しく見回す目が、出窓の窓辺に落ちた。 そこには、ソフトピンクの薔薇が一輪挿しの花瓶の中で、満開になりかけていた。
支度が終わり、落ち着きのない気持ちで階段を下りると、キッチンから出てきた母と鉢合わせになった。
「あれ? どっか行くの?」
別に悪いことをしているわけではないが、未夏は妙に気が咎めて、小声になった。
「うん、友達から電話かかってきて」
「なーんだ。 二人で買い物に行こうって言ったじゃない」
「ごめん、今度ね」
なんだ、なんだと言いながら、母は茶の間へ入っていった。 そのすぐ後にチャイムがなった。
未夏は、急いで靴を履いて玄関を開けた。 そこには、ダークスーツをきちんと着た坂口が立っていた。
「あ、どうも」
未夏は眩しそうに口ごもった。 実際に眩しかった。 玄関が南を向いていたからだ。
「こんにちは。 不意に誘ってびっくりしたでしょう? 強引だと思ったんだけど、君の声聞いたら、急に会いたくなっちゃって」
坂口の声も低かった。 だが、言っていることは結構強烈だった。 声を聞いたら会いたくなったって……
二人は、肩を並べて門を出た。 そして、道の脇に寄せて停めてある坂口の車に乗った。
路地を出て広い道路に入ると、まず坂口のほうが当たりさわりのない世間話を始めた。
「六月って中途半端な季節だな。 蒸し暑いけど、泳げるほど暑くはないし」
「梅雨でじめじめしてるしね」
「そう」
信号で止まった。 行き交う車は少なかった。
「ガソリン高くて、通行量が減ったなあ」
「父もよくこぼしてる。 前は三往復で運んだ物を二往復で行くようにして、荷物を山積みにするからトラックが痛むって」
「この町は電車が通ってないから、車は止められないしね」
青になった信号を見て、坂口は慎重に発車させた。 そして、自然な動作で右へ曲がった。 車には立派なナビがついていたが、見ようともしなかった。
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