表紙








とりのうた 55



 未夏はきょとんとした。
 車の運転? 一応できる。 父親の軽トラックを転がして迎えに行ったりするし、二人の子持ちになった桃山あっちゃん一家とキャンプに行く時、運転手代行を務めたこともあった。
「まあ、なんとか」
 戸惑いながら答えると、坂口は体を斜めにして運転席から抜け出し、歩道に立った。 微妙に体が揺れていた。
「じゃ、代わりに運転してくれないかな。 頼みます」
 えっ?
 事情が呑み込めないでいる未夏の前で、風が回った。 開いたドアを支えにしている坂口から、ウィスキーの匂いが流れてきた。
 おやおや、そういうことか。 未夏は軽く眉を吊り上げた。
「どこまで?」
「そうだな……鹿嶋まで行っちゃうと、小此木さんが帰るのが大変だし。 別荘までお願いします」
 ふらふらしながら、坂口は丁重に頭を下げた。
 別荘か。 彼がその鍵を失くして慌てていたことを、未夏は思い出した。
「近くですか?」
「そう。 永井川二の二十一」
 確かに近い。 家まで歩いて帰れる距離だ。
 男の人と二人で車に乗って大丈夫かな、と少し思ったが、坂口が急に変心して襲うとは思えなかった。 そもそも、そんなことをするほど女に不自由しているはずがない。 送り狼という言葉は聞いたことがあるけど、送られ狼ってのは……。 未夏は心を決めて、クッションのいい車内にすべりこんだ。


 ちょっと座席を前に詰めて、足が届くように調整した。 揺れが少なくてギアが軽く、運転しやすい車だった。 助手席の坂口は、だらっとしていたが、酔いつぶれてはいないようだった。
 しばらく、二人は無言だった。 未夏は、新しい車に慣れるのに一生懸命だったし、坂口は考えごとをしていた。
 街を出た頃、未夏はだいぶ落ち着いて、運転以外のことに気を配れるようになった。 それで、ほとんど動かない坂口に話しかけた。
「臨時の飲み会?」
「いや」
 首を動かして、坂口は沈んだ声で答えた。
「やけ酒」









表紙目次文頭前頁次頁

背景:Fururuca/アイコン:叶屋
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送