表紙








とりのうた 45



 十四日の土曜日に、市の公会堂で朗読劇の催しが開かれた。
 プロの劇団員が出演する本格的なもので、脚本の資料作成に協力した図書館に、招待券が届いた。
 業務の一環として、最初は滝山が行くはずだったが、急に子供が熱を出して午後から早退となり、券は未夏に渡された。
 幸田は、まったく興味なしだった。 図書館に勤めているぐらいだから本は好きだが、芝居は苦手なのだそうだ。
「わざとらしく声張り上げてるの見ると、笑っちゃう」
「どうしてー。 感動しない? 舞台の上が、小さな一つの世界になるんだよ」
「だから、そういうの駄目。 見れば見るほど冷めてくるの」
 行きたくないなら、別にいい。 未夏は朗読も劇も大好きだ。 幸田に図書館を任せて、喜んで二時からの公演に出かけた。


 劇は、土地に伝わる悲恋話をアレンジしたものだった。 俳優たちは灰色や黒の長い衣装を着て半円形に並び、真ん中のスクリーンに影絵が映る。 シンプルな構成だが、声の演技に迫力があり、八分の入りの客席は次第に盛り上がった。
 終幕では、すすり泣きが劇場内に広がり、未夏もハンカチを出して、目を真っ赤にして聞き入った。
 だから、劇が盛大な拍手のうちに終わった後も、なかなか席を立てなかった。 鼻が赤くなってないかな、と、コンパクトを出して調べていると、具合悪いことに、見覚えのある男性が、わざわざ通路を曲がって近づいてきた。
 幸い、鼻は大丈夫だった。 ほっとしている未夏に向かって、傍へやって来た白井が、楽しげに話しかけてきた。
「こんちは。 未夏さんも見に来てたんですね」
 そう言ってから、ファーストネームで呼ぶのは馴れ馴れしいのに気付いたらしい。 急いで説明した。
「あ、いつも胸につけてるカードで名前見たんだけど、苗字が読めなくて」
 とぼけているのか、それとも本当に忘れたのか。 未夏は後者だと思うことにして、淡々と説明した。
「おこのぎです」
「おこのぎさんか。 しっかり覚えときます」
 そう言って、白井は人なつっこく微笑んだ。
「白井さんは劇が好きなんですか?」
 未夏が訊くと、白井はちょっと目を動かして、あらぬ方を見た。
「いや、そんなでも。 この話、たまたま孤児が主人公でしょ? だから覗いてみたんです」
 一呼吸置いてから、低く続けた。
「僕も施設で育ったもんで」

 こういう場合は反応しにくい。 未夏は、あいまいに頷いた後、バッグを取って立ち上がった。 彼女が出られるように少しよけたものの、離れようとはせず、白井は出口までついて来た。
「なんか偶然でも、逢えるとうれしいな。 縁があったってことで、どうです? これから晩飯一緒に食べませんか?」
 未夏が答える前に、白井は急いで続けた。
「いつも夜は一人で、侘しいしメシもまずいんですよ。 小此木さんと食べたら栄養つきそうだなー、なんて」
 ひょうきんな言い方に、未夏は微笑を誘われた。
「それはどうも。 ただ、今夜は近所のお友達と鍋パーティーなんで、帰らないといけないんです」
「ざんねん!」
 高い声を出した後、白井は思いついて提案した。
「じゃ、来週の土曜は? オープンカフェの『レモンリーフ』ってあるでしょう? あそこの料理、さっぱりしててすごくいいんですよ。 仕事帰りに一時間だけ、付き合ってください。 ね?」









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