表紙








とりのうた 43



 なにしろ日曜日も仕事だから、未夏が基子の家に着いたときは、既に八時を二十分回っていた。
 一家は未夏のために、食事時間を遅らせて待っていてくれた。 母親の阿以子あいこだけでなく、父親の昭次しょうじまで嬉しそうに、チューハイを飲み交わしながら賑やかに笑い、騒いだ。

 九時半になって、ようやく基子は、いくらか千鳥足でもつれるように、未夏を廊下に連れ出した。
「まったく父ちゃんは、若いが好きでー」
 ブツブツ言いながら部屋のドアを開け、未夏を中に入れた。
「あ、ずいぶん模様替えしたね。 このカーテン素敵だわ」
「でしょう? 母ちゃんは地味だっていうけど、アラサーなんだから。 立派な大人」
「冬には奥さんで、その上来年は外国に行っちゃうんだもんねー」
 そこで、未夏は気にかかっていたことを切り出した。
「貞彦のこと言ってたじゃない、電話で?」
「ん? ああ…… 長いコート着て小っちゃいグラサンかけて、ワルの暴走族みたいだったよ」
「でも、基子のこと懐かしがったんだ」
「そうね。 あまり変わってないから、すぐわかったんだって。
 で、ちょっと立ち話したんだけど、貞彦ちゃん家を出ちゃってるみたいだった。 親とうまくいかなくて」
「銚子に住んでるの?」
「違うらしい。 言いたくなさそうだったんで、私も訊かなかった」

 サングラスを額に上げると、貞彦の面影はうっすら残っていたという。 未夏も元気にしてるか? と尋ねた後で、深く息を吐いてから、言ったそうだ。
「あの夏、よかったよなー。 ほら、俺たち四人でつるんで遊んでた……。 戻りてーよ、寿命半分に縮んでもいいから」


 その後、十一時過ぎまで基子の結婚支度について話した。 式には着物ではなく、ウェディングドレスを着る予定だという。 ほっそりして色白の基子には、純白がいかにも似合いそうだった。
「ドレス見に行くとき、一緒に来てね? 母ちゃんセンス悪くて、思いっきりデコな服選びそうなんだもの」
「うん! 借りるの? それとも買い取り?」
「できれば買い取りがいいかなって思ってるんだ。 未夏と同じで、うちも一人っ子でしょう? 今度っきりしかないから、親が張り切っちゃって」
 基子はそう言って、照れた顔になった。
「でね、ドレスだけでも早く作れ、早く作れってうるさいの。 だから、今月中に調べとこうと思って。 ね、未夏、たしか月曜休みだよね? 私のほうは有休とれるから、十六日と二十三日と三十日と、どれが都合いい?」
 未夏は楽しくなって、目をパチパチさせた。
「どれでもいいよ。 別に予定ないし」
 そのとき、頭にひらめいた。 そうだ、坂口さんに貰った優待券!
 ワッと身を乗り出すと、未夏はうきうきと提案した。
「ね、ドレス決めた後、二人でお祝い会しない? 高級レストランの券もらったんだ。 セコイけど、基子の分は私のおごりってことで、どう?」
「えーっ、すごーい!」
 基子は目を丸くして喜んだ。
「滅多に行けないよねー、高級レストランかー。 ドイツに行ったら、食事マナーとかあるだろうし、練習用にちょうどいいよね。 ありがと、未夏!」


 ドレスを見に行く日は、十六日に決まった。
 自転車で夜道を飛ばして帰る途中、未夏は貞彦の一言が妙に頭にこびりついて離れなかった。
『寿命半分に縮んでもいいから』
 呑気であっさりしていた貞彦には、似つかわしくない言葉に思えた。









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