表紙








とりのうた 38



 遅くなると家には言ってあったので、帰っても未夏の食べる分まで用意していないと思われた。
 ごはんの残りはあるはずだ。 おかずは、なんか好きなのを買って帰ろう。 給料日直後だが、贅沢する気はない。 財布と相談して、おいしい『はま屋』のメンチカツにした。
 両親の分も合わせて三つ買い、自転車の前カゴに入れてネットをかけていると、すれ違おうとした男が足を止めて、挨拶した。
「あ、こんばんは」

 目を上げたとたん、またドキッとした。 本当によく似ている。 中三の博己がそのまま二十五センチ大きくなったら、たぶんこんな感じだろう。
「こんばんは」
 微笑して応えると、白井は賑わっている『はま屋』の店先を振り返った。
「ここ、いつも混んでるけど、うまいの?
「ええ、肉がもっちりしていて、いい食感」
「外食ばっかりだから、おかず買ったりしなくてね」
 そう言った後、白井はニコッとして、気さくに尋ねた。
「一人で食ってると侘しいです。 小此木さんも一人暮らし?」
「いえ、私は自宅が近いんで」
「あ、いいなあ。 家から自転車で通えるんですね?」
「はい」
「じゃ、こっちはカレーでも食べに行きます。 また本借りに行きますね」

 軽く頭を下げあって別れた後、自転車を飛ばしながら、未夏は何度も首をひねった。 
 図書館から未夏の家まで、自転車で十二分ほどで行けることは、博己なら絶対知っているはずだ。 隣りに住んでいたんだから。
 わざと知らないふりをしている可能性もあるが、それなら、なんで嬉しそうに話しかけてくるのか。

 ともかく、白井が未夏に関心を示しているのは確かだった。 達弥の心配は現実になるかもしれない。 複雑な気持ちになったが、同時に、ちょっと楽しくもあった。
――なんか最近、私もててるよねー? もし、白井さんがほんとにヒロくんだったら、達弥とどっちを選ぼう――
 そこまで考えて、未夏は慌てて片手をハンドルから離し、自分の頬をポンと叩いた。
――バッカ! 調子乗りすぎ!――









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