表紙








とりのうた 36



「なんて奴?」
 達弥はどんどん切り込んできた。 困って、未夏は言葉を濁した。
「だから、具体的なことは何もないんだって」
「名前だけでも教えろよ」
「相手に迷惑かけたら悪いから」
「俺が? 俺がなんかすると思うのか?」
「そうじゃなくて……」
 もう、どうしたらいいかわからなくなった。 中学生のときの事件を、今更蒸し返して人に話すのはよくない。 それに、白井勇吾が古河博己だという証拠は、何もないのだ。
「最近、本を借りるようになった人なの」
 それも、未夏がカウンターにいるときに限って、来るような気がする。 もしかすると、自意識過剰かもしれないが。
「いろいろ事情があって、名乗れないのかな、と思うんだ。 懐かしいのに」
「へえ」
 馬鹿にしたような響きが声に混じった。
「ヤバげじゃん。 そんなのに関わるなって」
 確かに、そうかもしれなかった。 でも……。
「俺たちずっと仲よかったよなー。 そこへ突然割り込まれたら、なんかすっきりしない」
「まだ全然割り込みまで行ってないよ。 そうだ、明日の夜、どこかで会って話する?」
「そうだな。 フロッグハウスで八時は?」
「わかった。 じゃね」」

 電話を切った後、未夏は重い足取りで、自転車を出しに行った。


 やっぱりうまく説明できなかった。 それどころか、逆に体育会系の達弥を刺激して、闘争心を掻き立ててしまったようだ。
「下手な話し方しちゃったな。 まずいなー本当に」
 普段は出ないのに、独り言が何度も口からこぼれるほど、未夏は動揺していた。










 学校が休みの土曜日は、週日よりずっと来館者が多い。 常連や大人たちに混じって、ゲームを借りに来る子や、コミックのシリーズが揃ったかどうか問い合わせする子、果ては、書架の後ろに本を積んで秘密基地を作る一団までいて、いつものように気が抜けなかった。
 その傍らで、幸田が一人、どよーんとしていた。









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