表紙








とりのうた 34



 未夏の表情が変わったのを見て、白井は戸惑ったようだった。 声が少し小さくなり、態度もしぼんだ。
「あの、本を返しに来たんですが」
 あわてて、未夏は精一杯の笑顔を作った。
「はい、返却ですね」
「そうです。 それで、今度はこれ、借ります」
「はい」
 態度が不自然に見えただろうか。 反省して、未夏は手続しながら前の相手に話しかけた。
「あの、白井さん昔知ってた人に似てるんですよ。 だから、顔見るたびにちょっとびっくりして」
「そうですか」
 なぜか、白井はそれを聞いて、急に活き活きした口調になった。
「前にも言われたことありますよ。 よく似てるって。 そのせいで仲よくしてもらってます」
「へえ、そうなんですか」
 やっぱり他人の空似だ、と納得しかけた未夏に、思わぬ言葉が聞こえた。
「家族がいないんでね、その分、友達は大事にしないと」

 本からカードを抜く手が、びくっとなった。
 家族が……いない?
「一人、ですか?」
「ええ」
 そう言って、白井は新しく借りた大判のデザイン本を、重そうに抱えた。
「じゃ、どうも」
 会釈を返してから、未夏は無言で青年の背中を見送った。 胸が、嵐の前触れのように不規則に波立ちはじめていた。


 そして翌日の金曜日が来た。 幸田みさが、たぶん強引に坂口と待ち合わせを決めた日だ。
 案の定、幸田は早退を申し出て、昼前にさっさと帰宅してしまった。
「私が帰ってきたとたんに、こうよ。 休めないように運命付けられてるのかしらね」
 冗談めかして大げさなことを言いながらも、滝山の目は笑っていなかった。
「幸田さんは、今夜ちょっと用事があるらしくて」
「どうせデートじゃないの?」
 滝山にはお見通しだ。 整理のついた新購入の書架を点検して、ずばりと言った。
「これほとんどあなたがやったんでしょう? 彼女のお給料、本当は少なくとも三割はあなたのものね」









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