表紙








とりのうた 33



 翌日の朝、幸田みさは人が変わったように明るくなっていて、未夏にも親しげに挨拶した。
「おはよ」
「おはよう」
 ほっとしたものの、何かすっきりしない。 机を拭く作業の合間に訊いてみた。
「何かいいことあった?」
「まあねー」
 裏返して畳んだクロスを、幸田は耳に当てる真似をした。
「昨夜、電話しちゃった」
「誰に?」
「坂口さんによ、もちろん」
 幸田は、ザザーッと机を端から端まで拭いてから、派手な身振りでまた戻ってきた。
「とっても大事な鍵だったんだって。 感謝してたわー。 金曜の晩にお食事どうですかって!」
 うわ、やっぱりやっちゃった――どこかで会いたいと申し出たのは幸田のほうだ。 賭けてもよかった。
「金曜って、明日?」
「そうだよー。 すごいっしょ。 ね?」
 何とも言いようがなくて、未夏はあいまいな笑顔を作った。
「よかったね」
「なに着てこうかなー。 未夏さんだったらどうする? 鹿嶋の高級レストランだよ」
 未夏は面食らった。
「いやー、私はそんなとこ行ったことないから」
「今日、帰りにデパートへ寄ってくわ。 ちゃんとしたスーツ欲しかったし。 あー、楽しみ!」
 浮かれた幸田を見ているうちに、そこはかとない不安が兆した。 理由はわからない。 でも、やめといたほうがいいと喉まで出かかった。
 結局、言えなかったが。


 夕方、館内を走り回る子供に注意して、カウンターへ戻ったところへ、二日間の出張から滝山が帰ってきた。 ポンと肩を叩かれたので振り向くと、元気そうな顔が笑っていた。
「只今。 留守中何事もなかった?」
「お帰りなさい! 誤配の本があって問い合わせしましたが、後は普通通りです」
「お疲れ様。 はいお土産」
 かわいい人形の栞だった。 滝山は軽くウィンクして声をひそめた。
「あっちにクリーム饅頭もあるわよ。 後で食べようね」
「はい」
 控え室に行く滝山に軽く手を上げているところへ、明るい声がした。
「あの」
 振り向けた未夏の顔が、すっと真面目になった。
 カウンター前に立っているのは、博己に面影の似た白井勇吾だった。









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