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翌日の朝、幸田みさは人が変わったように明るくなっていて、未夏にも親しげに挨拶した。
「おはよ」
「おはよう」
ほっとしたものの、何かすっきりしない。 机を拭く作業の合間に訊いてみた。
「何かいいことあった?」
「まあねー」
裏返して畳んだクロスを、幸田は耳に当てる真似をした。
「昨夜、電話しちゃった」
「誰に?」
「坂口さんによ、もちろん」
幸田は、ザザーッと机を端から端まで拭いてから、派手な身振りでまた戻ってきた。
「とっても大事な鍵だったんだって。 感謝してたわー。 金曜の晩にお食事どうですかって!」
うわ、やっぱりやっちゃった――どこかで会いたいと申し出たのは幸田のほうだ。 賭けてもよかった。
「金曜って、明日?」
「そうだよー。 すごいっしょ。 ね?」
何とも言いようがなくて、未夏はあいまいな笑顔を作った。
「よかったね」
「なに着てこうかなー。 未夏さんだったらどうする? 鹿嶋の高級レストランだよ」
未夏は面食らった。
「いやー、私はそんなとこ行ったことないから」
「今日、帰りにデパートへ寄ってくわ。 ちゃんとしたスーツ欲しかったし。 あー、楽しみ!」
浮かれた幸田を見ているうちに、そこはかとない不安が兆した。 理由はわからない。 でも、やめといたほうがいいと喉まで出かかった。
結局、言えなかったが。
夕方、館内を走り回る子供に注意して、カウンターへ戻ったところへ、二日間の出張から滝山が帰ってきた。 ポンと肩を叩かれたので振り向くと、元気そうな顔が笑っていた。
「只今。 留守中何事もなかった?」
「お帰りなさい! 誤配の本があって問い合わせしましたが、後は普通通りです」
「お疲れ様。 はいお土産」
かわいい人形の栞だった。 滝山は軽くウィンクして声をひそめた。
「あっちにクリーム饅頭もあるわよ。 後で食べようね」
「はい」
控え室に行く滝山に軽く手を上げているところへ、明るい声がした。
「あの」
振り向けた未夏の顔が、すっと真面目になった。
カウンター前に立っているのは、博己に面影の似た白井勇吾だった。
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