表紙








とりのうた 32



 その晩、家に帰ってから包みを開けてみると、中には薄い箱があって、会員券が入っていた。
「マリソル・クラブ……六月一日より一ヶ月間、観劇、映画鑑賞、レストラン、アスレチック施設が全て無料……?」
 すっごーい! 目が点になってしまった。
 クラブと提携している施設のどれを使っても、週に三回までなら完全無料だというのだ!
「つまり、劇場と映画館をハシゴして、レストランで夕食取って、まったくただかー」
 天井知らずに喜びかけたものの、そこで気付いた。 幸田も同じ券を贈られたはずだ。 言いそびれたから、施設のどれかで顔を合わせたら、めちゃ気まずいだろう。
「私も貰ったって言うべきだったなー。 たぶん二人で行くようにって、坂口さんくれたのに」
 でも、言い出せる雰囲気ではなかったのだ。 幸田は午後ずっとふくれていて、ほとんど未夏に話しかけなかった。
 雲の模様の布団に腰かけて、しばらく考えたあげく、未夏はいいことを思いついた。 たしか幸田は月に二回、陶芸の講習会に通っているはずだ。 その夜なら、安心してこの券で遊びに行けるじゃないか!
 楽しみだ。 今、どんな映画やってるかな。 未夏はベッドの上をもぞもぞ移動して、パソコンの前にたどりつき、電源を入れた。


 十時過ぎ、風呂を出て髪をブローしている最中、不意に思い出した。
 まだ、達弥に返事してない。
 手が妙に重くなって、ドライヤーを下げた。 今まで引き伸ばしていた自分を責めたが、だからといって結論が出るわけではなかった。

 結婚かー。

 階下で、どっと笑い声が上がった。 耳を澄ますと、両親が仲よくテレビのお笑いコンテストを見ているらしかった。
 前はよく、親のスネかじり、早く嫁に行け、と冗談を言っていた父は、未夏が大学を卒業してから、パタッと口を閉ざした。 今のところ、家の中はとてもうまくいっている。 この濃密な平和を、未夏だけでなく両親も壊したくないようだった。








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