表紙








とりのうた 30



 その日も遅番で、未夏は十一時からカウンターについた。
 昼間は相変わらず閲覧者が少ない。 雑誌コーナーに二、三人たむろしている以外は、受験生か浪人らしい男子が参考書を調べていたが、間もなく二階の資料コーナーへ上がっていってしまった。
 がらんとした室内で、返却本の痛み具合を調べていると、鉛筆で汚らしく落書きされたページが出てきた。
 子供の仕業らしい。 口を尖らせたが、鉛筆だからまだいいか、と思い直して、引出しを開けた。 紙にやさしい字消しを出そうとした指が、半端な位置で止まった。

 見慣れないピンクの物体がある。 ハンカチ包みらしい。 開いてみると、中から銀色の鍵が現れた。

 ああ、そういうこと――すぐピンと来た。 坂口が来たら渡せるように準備して、幸田がここに入れたのだ。 だが、慣れないことをしたから、逆にド忘れしてしまった。
――お間抜けだなー。 後で恩着せて教えてやるかね――
 含み笑いして引き出しを閉め、消しゴムを手に取ったとき、当の坂口が入ってくるのが見えた。


 今日の服装は、ソフトグレーの上下だった。 何を着ても決まっている。 まっすぐカウンターに近づいてくると、坂口は未夏に尋ねた。
「こんにちは。 幸田さん、鍵見つかりましたって?」
 さあ、と言いかけて、未夏は不意に気持ちを変えた。 そのわけは、たぶん、目が合ったとき、坂口がなんとなく嬉しそうにしたからだった。
「はい、預かってます。 これでしょう?」
 ハンカチごと渡すと、坂口はすぐ中を確かめ、ほっとした様子で手のひらに落とした。
「よかったー」
 本当に胸を撫で下ろしている姿を見て、未夏は思わず尋ねた。
「すごく大事な鍵なんですね」
「そう。 別荘のなんですけど、二つしかないから失くすなって、親父に言われてるんですよ」
 話しながら、丁寧に財布の中にしまった。
「だから他のと離して、携帯につけてたら、それごと落としちゃって」
 ありがちな失敗だった。 財布をポケットに入れた後、坂口は手にしたバッグから細長い紙包みを取り出した。
「じゃ、すいません、これ幸田さんに。 お礼です」
 未夏は快く包みを受け取った。
「はい、確かにお渡しします」
「それから、こちらは貴方に」
 は?
 驚いて目を動かすと、同じ包みをポンと前に置かれた。
「貴方にもお世話になったから」
「……ありがとうございます」
「じゃ」
 軽く頭を下げて、坂口は六歩で部屋を出ていった。 やっぱりスタイルは脚の長さなんだな、と、未夏は妙なところで感心した。








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