表紙








とりのうた 29



 翌日の水曜日は曇りだった。
 天気と似た、どよんとした気分で、未夏は図書館裏の駐輪場に自転車を止め、朝から疲れた足取りでロッカールームに行った。
 昨夜は、よく眠れなかった。 プロポーズされたのは人生初めての経験だ。 きっと心躍る瞬間だろうと思っていたが、実際はズンと胸に重みが来て、いろんなことを考えさせられた。
 友達の一人として、両親は達弥を知っている。 婚約すると言っても、たぶん反対はしないだろう。 むしろ、ほっとするかもしれない。 達弥は頑丈だし、気心が知れているし、真面目な働き者だ。
――いい人だよね。 次男だから分家しなくちゃいけないけど、姑さんと同居しないですむし、世間的には好条件だ。 決めるべきなんだろうけど、一生の問題だからな。
 うーん、イラつく……!――

 もやもやした頭のまま着替えして、書庫へ行った。 新刊書の仕分けを終わらせ、ラベルを作り、目録に載せなければならない。 午後からは、婦人会に頼まれた読書会の企画作成がある。 なかなか大変だった。

 ダンボールを開いて準備していると、幸田が入ってきた。
「未夏さーん」
 何か頼むときの語尾延ばしだ。 またか、と思いながら、未夏は腰を伸ばして振り向いた。
「え?」
「あのね、ロッカーのとこで鍵見なかった?」
「鍵?」
「そう、銀色でね、このぐらいのやつ」
「さあ」
 未夏は口をつぐんで首を振った。 幸田は困り顔で、傍の椅子に腰を落とした。
「あーあ、なくしちゃったのかな。 坂口さんのキー」
 えぇ? 未夏は目を見張った。
「今日取りに来るんでしょ?」
「そう。 ストラップから外さなきゃよかったかな」
「外す〜?」
 呆れて、未夏は幸田を穴が開くほど見てしまった。
「わざわざ外して、電話返したの?」
「だって、きっかけが欲しかったんだもの」
 幸田はわりと平気な顔だった。
「失くしちゃったら、きっかけどころじゃないよ」
「いいよ、しゃーない。 拾ったときから鍵なんか無かったってことにする」
「ちょっとー」
「だから、坂口さんには何も言わないでよ。 わかった?」
 すっかり割り切って、幸田はさっさと書庫を出ていった。








表紙目次文頭前頁次頁

背景:Fururuca/アイコン:叶屋
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送