表紙








とりのうた 28



 本を抱いた女の子たちが出ていって少しして、ショルダーバッグを鷲掴みにした幸田みさが戻ってきた。 顔が引きつって狼狽している様子だった。
 カウンターに未夏だけしかいないのを見ると、幸田は噛みつくように訊いた。
「坂口さんは?」
 未夏は柱の時計を見上げた。
「五分くらい前に帰った」
「引き止めといてくれればいいのに!」
 高い声が響き渡って、あちこちの机から閲覧者が顔を上げた。
 さすがに自分の妙な態度に気付いたらしい。 幸田は視線を落として、もぞもぞと身動きした。
「ごめん。 探し物が見つからなくて、ちょっとパニクってるの」
「人を待たせてるから帰るって。 明日もう一度来るって言ってた」
 とたんに幸田の表情が緩んだ。
「よかったー。 あ、ごめんね本当に。 私、奥やるからね」
 いそいそとバッグを抱え直す幸田に、未夏は尋ねた。
「あの坂口って人のために、カウンター代わったの?」
「そうよ」
 さも当たり前だという口調で、幸田は答えた。 それから、目を大きくした。
「あれ、未夏さん彼のこと知らないの? ずっとここら辺に住んでるのに? ほーら、茨城で坂口総合開発っていったら、有名じゃない」


 すっかり機嫌を直して、幸田は書架の向こうに姿を消した。
 一方、未夏は視線を宙に浮かせて、思い出そうとした。
――坂口総合開発? 大きな会社だってことは知ってる。 鹿嶋に本社があって、たしか鉾田市に立派な社員寮があるよね。 坂口って苗字だから、社長とか会長の一族なのかな――
  確かに、彼は裕福そうだった。 服装や身のこなしで、なんとなくわかる。 で、幸田は何を狙ってるんだろう。
――玉の輿? そりゃ無理だべ。 図書館の受付って、会社の受付嬢とは天と地の差……までは行かないけど、顔で選ぶわけじゃないんだから――
 着ている地味なシャツと、制服のエプロン風スモックを見渡して、未夏は苦笑いを浮かべた。









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