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「私ですが」
幸田もつられたのか、小声になった。
青年は、カウンターに両手をかけて、いくらか前かがみになった。
「坂口といいます。 携帯届けてくれたそうで、ありがとう」
「いえ、たまたまですから」
「それで質問なんですが、拾ったとき、ストラップに何かついてませんでした?」
幸田は遠い目になった。
「さあ……ちょっと待ってください。 もしかするとバッグの中に落ちてるかも」
そして、すっと席を立って、廊下に出ていってしまった。
カウンターが無人になった。 間の悪いことに、奥の書架で童話を読んでいた女の子が、借りて帰ることに決めたらしく、ハードカバーの本を胸に抱いて、同い年ぐらいの友達と共にパタパタとやってきた。
幸田はまだ席を外している。 未夏は急いで部屋を突っ切り、カウンターへと向かった。
「これ借りる? 利用者カードありますか?」
「はい」
元気に返事して、女の子は小さなウェストポーチからカードケースを出そうとした。 そのとき、肘に本の角が引っかかって、ドサッと音を立てて床に落ちた。
坂口青年は、カウンターの端にもたれて黙然としていたが、その音に素早く反応して、軽く身をかがめると本を拾いあげた。
未夏はちょっとびっくりした。 無表情な上に気位が高そうで、そんな親切心があるようには見えなかったのだ。
女の子たちも驚いて固まっていた。 手を出そうとしないため、代わりに未夏が礼を言って、本を受け取った。
「わざわざどうも」
「幸田さん、遅いですね」
思いがけず、坂口は未夏に問いかけてきた。 確かにそうなので、未夏は首を伸ばして廊下に通じる出口をすかし見た。
「そうですね。 どうしたんでしょう」
「トイレに行ったんでしょ、きっと」
女の子の友達が、不意にこまっちゃくれた声で言った。
意表をついた発言だった。 未夏は思わず坂口と目を合わせ、二人ともクスッと笑ってしまった。
笑顔になると、小粒だがよく揃った健康そうな歯が見えて、坂口は真顔のときよりずっと親しみやすくなった。
彼はもう一度ドアに目をやった後、困ったように言った。
「車で待ってもらってるから、もう行かないと。 あの、すいません
小此木
〔
おこのぎ
〕
さん」
突然名前で呼ばれたので、貸し出しカードに記入していた未夏はぎょっとした。
「は? どうして名前を?」
坂口は、自分の胸を指して、未夏のかけているIDカードを見たと知らせた。
「小此木さん、ですよね。 明日また寄りますと、幸田さんに伝えてください」
「はい」
「よろしくお願いします」
きちんと言うと、坂口は静かな風のように去って行った。
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