表紙








とりのうた 26



 閲覧ルームには、参考書を壁のように積み上げてノートを取っている大学生風の若者と、机に肘をついて小説に読みふけっている主婦らしい中年女性の、二人しかいなかった。
 カウンターに戻った未夏は、交代するつもりで幸田に声をかけた。
「お疲れー。 何か引き継ぎ事項ある?」
 シールを分類していた幸田は、謎めいた目を未夏に向けて、あっさり言った。
「ない。 今日はずっとここやるから、未夏さん奥を代わってくれない?」

 はあ?
 未夏はちょっとあきれて、幸田の顔を見返した。
「シフト崩すの?」
「今日だけ。 ちょっとわけありで。 お願いっ」
 最後は早口で、手まで合わせて頼まれた。
 別にカウンター業務が好きなわけではないから、未夏は仕方なく承知した。
「いいわよ。 今度だけね」
「感謝しまーす」
 なんなんだろ。 疑問に思った未夏は、新しい本の整理ではなく、ワゴンで返却本を棚に戻す仕事に取りかかった。 これなら、幸田がカウンターでやろうとしていることが、脇から見える。
 三往復したところで、ささやかな努力が報いられた。
 四時を少し回った頃、男が一人、エントランスから入ってきた。 藍色のボトムの上に淡いブルーのカッターシャツを合わせ、無地のネクタイの結び目を胸の半ばまで下ろしている。 目立たぬ程度に色を入れた髪といい、シャープな眼鏡といい、この辺りでは浮いてしまうほど都会的なセンスだった。
――おお、なんかカッコよくない? 誰あれ?――
 好奇心を起こして、未夏が本棚の隙間から眺めていると、カウンターでつまらなそうな顔をしていた幸田みさが不意に活気付いて、澄ましたような笑みを彼に向けた。
 青年はカウンターに直行すると、ポケットから紙を出した。 そして、低い押し殺した声で尋ねた。
「ちょっと訊きたいんですが、ここに幸田さんて人いますか?」








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