表紙








とりのうた 25



 未夏は反射的に目を伏せた。
 申し込みって、もっとドキドキするものかと思ったが、意外に冷静な自分がいた。
 間が開いたので、達弥は落ち着かなくなった。
「俺、急ぎすぎ?」
「いや……さっきまで全然普通に話してたから、ちょっと驚いたの」
「うん、なんか、不意に言いたくなって」
 未夏は右足を前に出して、ピンストライプのパンツの先に見え隠れするベージュの靴先を動かしてみた。
――達弥は来年で三十だから、やっぱり区切りでいろいろ考えるんだろうな。 そういう私も、十一月で二十九だけど ――
 二十八という年頃を、未夏は気に入っていた。 未熟さや経験不足の不安は薄らいできたが、まだ若いと言える。 たしか作曲家のリストも二十八歳の女性が好きで、駆け落ちした相手は二人共その年齢だった。
 仕事に慣れてきたし、居心地のいい職場で、BFもいて、両親健在。 たぶん今、未夏は幸せなのだった。 はっきりした実感はないものの、毎日が充実して楽しかった。
 もう少しこのままでいたいな、と、未夏は思った。 あと、もう少しだけ。
「あの、嬉しいんだけど、まだ気持ちの準備ができてないっていうか……大きなことなんで、しばらく考えてみたいの。 いい?」
 がっかり感を隠しきれない声で、達弥はぼそっと答えた。
「いいよ」
「ごめんね、なんか、待たせるようなこと言っちゃって」
「いいって。 タイミング悪かったんだな、きっと」
 気を取り直して、達弥は勢いよく立ち上がった。
「うまくいくと思うんだ、俺たち。 趣味似てるし、喧嘩ほとんどしないで来てるし」
「うん、そうね」
「じっくり考えて、俺に決めてな! 電話くれ!」
 パーッと大きく手を振って、達弥は笑顔と共に一つうなずくと、大股で歩いていった。


 それから五分ほど、未夏はベンチに坐ったままでいた。 ああ言ってくれたんだから、早く決めていいんじゃない? と心が囁く。 何度か目が電話に行ったが、達弥にかける決意はつかなかった。
 やがて、なんだか疲れた気分で、未夏はゆっくり図書館に引き返した。









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