表紙








とりのうた 23



 第一、名前からして違う。 白井勇吾と、古河博己じゃ……。
 それでも、割り切れないような妙な気分で、また館内に戻ろうとしたとき、道で小さなブレーキの音に続いて、呼び声が聞こえた。
「未夏!」
 あ、達弥たつや
 未夏は少し驚いた。 彼は、ゴールデンウィーク中働く代わり、翌日まで代休を取って伊豆へ行っているはずなのだ。
「あれ? 今日は下田でのんびりするんじゃなかった?」
 がっちりしたマウンテンバイクから降りて、達弥はくったくのない笑顔を見せた。
「いやー、一日ですっかり疲れ取れたから、昨日温泉巡りして、今朝帰ってきちゃった」
 トントンと段を下り、未夏は達弥と並んだ。 身長が彼の肩あたりまでしかない。 達弥は一八五センチを越す長身だった。
「で? 何位だった?」
「三位」
「うわ、凄!」
 やったね! と、二人は手を打ち合わせた。
「思ったより体調よかった。 特にランがうまくいった」
 達弥は伊豆の島で、土曜日に開催されたトライアスロンに参加していた。
「で? 今日は買い物?」
「ちがうよー、未夏に会いに来たんじゃないかー」
 そう言って、達弥は照れたのか、濃く日焼けした頬をレンガ色に赤らめた。
 未夏のほうは、嬉しくて笑顔になった。
「そっかー」
「昼飯いっしょに食おうよ」
「いいけど、今日は遅番で、一時まで仕事なんだ」
 そこで気がついて、未夏は飛び上がった。
「あ、カウンター放りっぱなしだ!」
「早く行け。 俺バイクあっちに止めたら、中で待つから」
「はーい」
 いそいそと、未夏はエントランスの段をまた駆け上った。

 達弥は、同じ大学の一コ上だった。 学生時代はボート部にいた。
 卒業後は食品会社の営業部に入り、休みの日はサーフィンやウィンドサーフィンで過ごしている。 未夏も泳ぎが好きだから、夏に海で何度か顔を合わせて、自然に話すようになった。
 友人関係が長く続き、二年ほど前からお互いをなんとなく意識し出した。 でもまだ、友達以上・恋人未満という、微妙な段階ではあった。









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