表紙








とりのうた 22



 胸に響くものが、前に立つ男性の顔立ちにあった。
 なぜだろう、と未夏が思い出そうとしたとき、男は申し込み用紙に運転免許証を重ねて、さっと差し出した。
「利用者カード、お願いします」
「はい」
 申し込む資格があるのは、市の住民か、勤め先や通学先が市内にある人だ。 未夏は注意して紙を見た。
――K市桜平九の二五の八、白井勇吾しらい ゆうご。 知らない名前だ――
 首をひねりながら、ボックスから新規カードを出して、すぐに発行した。
 白井青年は、にこっと笑ってカードを受け取った。
「どうも。 ここ、何冊まで借りられるんです?」
「十冊までで、期間は十四日間です。 CDやDVDは五つまで」
 ざっと室内を見渡して、白井は感心した。
「いいデザインですね。 明るくて」
「おととし改築したんですよ。 その前はちょっと設備なんか古くて」
「今はいいですね、動線バッチリで」
 銅線? 勘違いした未夏が戸惑っていると、白井は分厚い表紙の大きな本を二冊、カウンターに載せた。
「もう今日から借りていいんですか?」
「はい、借りていただけます。 ええと」
 本はどちらも、建築設計に関するものだった。 ああ、だから図書館のデザインに興味があったんだ、と、未夏は納得した。

 白井が大判の本を抱えて出ていく後ろ姿を、未夏は何となく目で追っていた。
――誰かに似てるんだけど……誰だったかな。 大学の先輩? ううん、違う。 従兄弟の卓郎、じゃないし…… ――

 あっ!

 顔から血の気が引いたのが、自分でわかった。 やみくもに立ち上がったので、ボールペンが服に当たって転がり落ちたが、気付かなかった。
 未夏は出口まで走り、ガラスの自在ドアを押し開けて、エントランスに飛び出した。
 七段下の道路は、五月の爽やかな陽光に照らされて、銀色に光っていた。 通行人が気持ちよさそうに数人歩いていたが、その中に白井勇吾の姿はなかった。
 未夏は、ドアに手を置いて立ち尽くした。 そして、自分に言い聞かせた。
――他人の空似だ。 たくさん町がある中で、わざわざここを選んで帰ってくるはずない。 あの人は、ヒロちゃんなんかじゃない!――









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