表紙








とりのうた 21



 三つ目のダンボール箱にかがんで、梱包テープを剥がし終えたとき、背筋の右がピリッとした。
 未夏はあわてて腰に手を当て、スーッとなぞってみた。
 押しても痛みはない。 よかった。 司書の職業病と言われているギックリ腰ではないようだった。
 クリーム色のドアが開いた。 主任の滝山夕子たきやま ゆうこが入ってきて、半端な姿勢で固まっている未夏を見て飛んできた。
「やだ、腰痛めた?」
「いや、ぎりぎりでセーフでした」
 滝山はほっとして、笑顔を見せた。
「よかった。 幸田こうださんが背中痛いって言ってるから、あなたまで休んだら困るんだわ」
 そう言ってから、ダンボールを見つけると、てきぱき本を取り出し始めた。
「台に載せる?」
「あ、すいません、お願いします」
「これは、児童書ね。 配架番号は?」
「4−1051からになってます」
 今年度の購入額は、上半期で二百五十万。 三年前、K市は近くの四町村と合併した。 新たに文化都市としての体裁を整えるため、図書館に新規の予算がついた。
 微妙な金額だ。 消化できないと下半期が減らされるから、カタログやパンフレット、ネット紹介などを参考に片っ端から買い込んだが、山積みになった新刊書を改めて見渡すと、つい溜め息が出た。
「これにラベル貼って登録して、データ入力して」
「そう、作業はいくらでもあるんだから、腰痛めてる場合じゃないの。 姿勢には気をつけてね」
「はい」
 なんのかんの言いながらも、滝山は二個のダンボールの箱出しを手伝ってくれ、その後で思い出したようにバインダーを選んで、せかせかと戻っていった。
 いい上司だ。


 取次店の倉庫から来る本は、分類してあるわけじゃない。 ごちゃ混ぜに入っているから、仕分けしなければならない。 いったん出した本を類別のダンボールにまた入れ直して、行ったり来たりしているうちに、昼が近づいてきた。


 壁の時計を見て、未夏はいったん仕分け作業を止めた。 今日は火曜日で、カウンター業務は遅番、つまりこの図書館では十一時から一時まで交代して、それまでの受け付け係の食事時間を確保するのだった。
 手袋を外して作業エプロンのポケットに入れ、ロッカーに収めてから、閲覧ルームへ急いだ。 カウンターに行くと、返却本の整理をしていた幸田みさが顔を上げた。
「あ、こっちがチェック済み、こっちの本はまだね。 それから、これが未返却のリスト。 電話よろしく!」
 早口で引継ぎしてすぐ、幸田はバッグを掴んで正面玄関から出ていった。
 ずらっと並ぶリストをちら見して、未夏はちょっと口を尖らせた。 幸田は電話連絡が嫌いで、いつも溜めこむ。 おかげで、早く返してください、と返却の遅れた利用者にかけまくるのは、未夏ひとりの仕事になってしまっていた。


 椅子に腰かけ、横の電話に手を伸ばしたとき、前に人が立った。
「あの」
「はい?」
 何気なく上げた視線が、サラッと流した髪の毛と優しげな眼に当たった。


 あれっ? と思った。









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