表紙








とりのうた 20



 やがて保険会社の査定が入り、古河の家は、半焼ということになった。
 ほとんど丸焼けじゃないか、と未夏は思ったが、柱が何本か残っているため、保険金は全額の四十パーセントしか下りなかったという話だ。
 もうここには住めないと紀和子が言い出したとかで、一家は二度と戻ってこなかった。 九月の終わりに、父親の一雄が暗い顔で、庭石を何個か小型トラックに積んで持っていったのが、古河の人たちを見た最後だった。


 未夏と基子は、また二人だけの仲良しに戻った。 基子は案外平気だったが、未夏はなかなか記憶を振り切れなかった。 それで、二人でいるとき、たまに男の子たちの思い出を口にすることがあった。
「黒いTシャツ見ると思うんだ。 貞彦、まだバーベルで鍛えてるかなって」
「あの人たち、どこへ引っ越してったの?」
 一学期の学校帰り、手袋工場の前を並んで歩きながら、基子が丸い眼をして尋ねた。
「わかんない。 出てくとき何も言わなかったし、年賀状も来なかった」
「知らん顔だねー。 ヒロちゃんを一生懸命探したふうでもないし。 貞彦ちゃんの親たちって、なんか薄情って感じ、しない?」
 そうだよね、と、未夏も心の中で思った。 だが、口に出してはこう言った。
「家を焼かれちゃったから、怒ってるんでしょ。 引き取って育ててあげたのにって」
「ヒロちゃん、かわいそう」
「うん」
 帰るに帰れず、独りぼっちでさまよっている姿を想像すると、未夏だって涙がにじむような気がした。



 時は容赦なく流れる。 中三になった二人は、それぞれの志望校めざして新しい闘いに入った。
 夏休みの甘酸っぱい記憶は、現実の味気なさでいっそう懐かしくなった。 疲れたときや、やる気をなくしかけたとき、未夏は白い表紙のアルバムを出して、花火の夜の写真に見入った。
 真ん中に基子を置いて、両側から博己と貞彦が顔を差し出し、横向きにVサインを作っている写真があった。
 また、未夏と博己が縁台に隣り合って坐って、仲よく氷水を飲んでいるスナップも。
 こんなに楽しかったのに、煙草一本で全部だめになった――そう思うと悔しくて、未夏は父の灰皿を不燃ゴミの日にこっそり捨ててしまった。
 ささやかな八つ当たりだった。









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