表紙








とりのうた 19



 古河夫妻はすっかり混乱し、あたふたしてしまった。 特に紀和子は錯乱に近い状態で、しきりに、ヒロちゃんはどこ! と叫び続けた。 終いに、ショックを心配した夫に無理やり車に乗せられ、ひとまず会社の寮へ行って休むことになった。



 新聞の地方版には、火事のニュースが詳しく出た。
 それによると、火元は二階の一室で発見された煙草の吸殻だった。 そこが博己の部屋だったため、みんな出払った家で一人留守番しているうちに、解放感でこっそり煙草を吸い、火事を出してしまったのだろうと推測されていた。


 消えた博己ではないかという少年の足取りも、記事になっていた。
 十七日の未明、潮来いたこインターの近くで、奇妙な少年が目撃されていたという。 ふらふらと歩き回りながら、駐車場に向かう何人かの人に、こう尋ねていた。
「大和へ行きますか?」

 博己は大和市の出身だ。 うっかり火を出してしまって気が動転して、故郷へ帰りたくなったのだろう。 そう考えた警察は、大和市に向かう道路や周辺を捜索して、博己の行方を追った。
 しかし、まったく手がかりは掴めなかった。 いたずらに日が経ち、火事は失火として処理され、やがて風化していった。
 日本の失踪者は年に十万人を下らないという。 犯罪者でない限り、いつまでも探し続けることはできないのだった。


 一番長く諦めなかったのは、もしかしたら未夏かもしれない。
 夏休み中は、毎晩のように夢を見た。 特に多かったのは、月光の照らす裏庭に影が伸びていて、窓から身を乗り出すとそこに博己が立っている、という夢だった。
「ヒロちゃーん!」
 手を大きく振って呼ぶと、博己は遠慮がちに近づいてくる。 いつも、はっとするほど寂しげな顔をしていた。
 愛しさで一杯になって、未夏はなおも呼びかけた。
「行くところないなら、うちへおいでよ! うちの子になろう! お父さんとお母さんに、一生懸命頼んでみるから」
 そこで、もぎ取られるように目が覚める。 または、唐突に別の夢に切り替わる。
 朝、白い光の中で起きるとき、いつも哀しい後味が残った。









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