表紙








とりのうた 18



 隣りで何がどうしたのか、さっぱりわからないまま、消火活動をはらはらしながら見守るだけの小此木一家だった。
 火が収まった四時頃から改めて寝直して、七時に未夏が着替えをしていると、表で車の鋭いブレーキ音がした。
 窓に歩いていった未夏は、古河家の白いワゴンが道に止まっているのを見つけた。
 門の前に紀和子が立ち尽くして、左手で口を覆ったまま、茫然と黒焦げの我が家を眺めていた。
 消防車はもう立ち去っていた。 代わりに警察と火災捜査官が、形ばかりになった玄関や裏口から、盛んに出入りしていた。
 そのうちの一人が、紀和子に気付いた。
「この家の人ですか?」
「はい」
 紀和子はぼんやり答えた。 住み慣れた我が家が、一晩で見るかげもなくなっていることに、どうしても納得がいかないらしい。 不安定に首が揺れて、視線が定まらなかった。
「ええと、お名前は?」
「古河です。 古河紀和子、です……」
 語尾が途切れそうになった。 だが質問するほうは気合が入り、人数が二人になって、手帳まで取り出した。
「昨夜は留守だったんですね?」
「はい」
 ワゴン車からのろのろと一雄が出てきて、妻と並んだ。
「あのう、古河一雄です。 息子の貞彦を車で送って、ついでに鶴の岬温泉に寄って、一晩泊まったんですよ」
「鶴の岬って、日立市の北の?」
「はい、いい所だと友達に聞いてたもんで、ちょうど帰り道だからと思って」
「息子さん、どこへ行きました?」
「合宿です。 部活の」
「そうですか」
 警官は手帳を見直した。
「こちらの住人は、古河さんご夫婦と息子の貞彦くん。 それに、お隣りの話だと、親戚の子を預かってるそうですね。 ええと、古河博己くん。 その子はどこですか?」

 古河夫妻は、顔を見合わせた。
「……留守番しているはずですけど?」
 はっと勘付いて、紀和子が激しく体を回して周囲を探した。
「ヒロちゃん、いないんですか?」
「まさか、逃げ遅れたなんてことは!」
 一雄が叫んだ。 すぐに警官の一人が手を挙げて、なだめる仕草をした。
「いや、犠牲者はおりません。 隅々まで捜索して、確認しました」

 夫妻は、まじまじと警官たちを見返した。
「どういう……ことなんですか? ヒロちゃんが消えたって…… ねえ、ヒロちゃんは……!」
 紀和子が取り乱しかけたのを、がっちり抱えこむようにして、一雄が早口で尋ねた。
「それで、博己は?」
 困った様子で、手帳を持ったほうの警官は、ボールペンで頭をかいた。
「いやー、わかりませんな。 その子の姿は、誰も見てないんです」









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