表紙








とりのうた 16



「うん、やっぱさ、誰か……」
 バタバタとスニーカーの重い足音が駈け戻ってきた。
「なにぐずぐずしてんだよー。 おじさんが早く来いってよ」

 不意を突かれて、思わず暗がりで、未夏は拳を固めてしまった。
――くっそぅ、貞彦ーっ! なんでこのタイミングで出てくんだ!――
 博己も同じことを考えたらしく、何ともいえずシラッとした空気がただよった。
 他人の気持ちにはあまり気を遣わない貞彦は、平気な顔で首をクイッとしゃくった。
「急げ! 帰りに駅前で飯食ってくって」


 土浦の駅近くで基子の家に電話をかけた後、そば屋で天ぷらそばを食べて、一同は125号線を通って家路についた。
 帰りは母の晴子が運転した。 父の俊之は持ってきたカメラからフィルムを取り出していた。
「きれいに撮れてるかな。 花火は露出が難しいからな」
「あの子たちがちゃんと写ってればいいのよ」
 晴子はそう答え、派手にハンドルを回してカーブを切った。

 後ろの座席は、微妙に静かだった。 基子は窓辺に頬杖をついて、時おり建物や林の陰から姿を見せる霞ヶ浦の暗い湖面を眺めていた。 横に座った未夏も口数が少なく、基子に寄りかかって斜めに体を倒し、ぼんやりしている。 五分ほど無音で走ったところで、貞彦が忍耐切れした。
「おい、簡単に疲れるなよ。 スタミナねーなー」
 グダッとしたまま、未夏が返した。
「じゃ、貞彦がなんか面白いことしゃべってよ」
 目が覚めたように、基子がもぞもぞと身動きして、半円形の白いバッグから菓子詰め合わせの袋を出した。
「そうだ、これ持ってきたの忘れてた」
 さっそく貞彦が言った。
「ジャンケンで買ったやつから好きなの取ろうぜ。 初めはグー!」
「ジャンケンポン!
 アホらしいが、時間つぶしにはなった。
 未夏は最初に買ってマーブル飴を取り、貞彦が次に勝利してセロファンに包んだチョコレートを掴んだ。
 博己は負けてばかりいた。 未夏が見ると、ずっとグーだけ出している。 面倒くさいのか上の空なのか、菓子がなくなるまでそのままで、結局二個しか食べられなかった。


 いつも通り、まず基子を送り届けてから、残りの人々は車に乗って帰った。
「じゃ、おやすみ」
「小此木のおじさんおばさん、ありがとう」
「ありがとうございました」
「こちらこそ、楽しかったわ。 また一緒にどっか行こうね」
 挨拶をすませて、父は車を入れに行き、母は玄関の鍵を開けに入った。 貞彦はフンフンと鼻歌を口ずさみながら、先に裏庭へ向かった。
 偶然にできた真空のように、博己と二人だけの空間になった。 博己がすぐ近づいてきたので、未夏は喜んで手を差し出した。
 指と指が触れ合った。 次の瞬間、博己はサッと首を伸ばして、未夏の頬に唇をつけた。
 小さな声が、耳に残った。
「おやすみ。 また明日ね」







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