表紙








とりのうた 12



 金曜日は曇り空で、昼の気温が三十度を下回った。
 午前中にあった塾の講習が十一時三十五分に終わり、未夏は白い大きなバッグを肩から下げて、のんびりと歩いて帰ってきた。
 カモメ通りを抜け、楡やコナラが道半ばまで枝を茂らせて心地よい日陰を作る住宅街をたどっていると、神社の境内に、思いがけない後ろ姿が見えた。


 神社といっても、六畳分ぐらいしかないごく小さな敷地に、かわいらしいお社が橡〔くぬぎ〕の大木に隠れるように建っている。 前を囲った低い石垣で、かろうじて横の民家と見分けがつくぐらいの、小規模なものだった。
 その中にいたのは、古河博己だった。 通学用みたいな白いシャツを着て、下は長めの紺色の短パンをはいている。 彼らしい、目立たないがすっきりした服装だった。
 博己は顔をうつむけて、じっとある物を見つめていた。 お社の手前に左右揃えて置かれている、狐の像だ。 ここは、稲荷神社なのだった。
 やがて、思い立った風に、博己は左側の狐に近寄り、手をかけようとした。 その背中へ、未夏が明るく声を投げた。
「ヒーロちゃん!」


 博己の動きが止まった。
 背中がビクッと丸まったような気が、未夏にはした。
 だが、思い過ごしだったかもしれない。 博己はすぐにしなやかな姿勢で振り返り、淡い微笑を浮かべた。
「あ、どっか出かけてたの?」
「うん、塾の夏期講習」
「そうか」
 四歩で境内から出てきた博己は、自然な仕草で未夏の隣りに並んだ。
「お稲荷さんで何してたの?」
 未夏が訊くと、博己はこともなげに答えた。
「探検。 この町のこと、よく知りたいんだ」
「ヒロちゃんは、二学期からどうする? こっちの中学に編入するの?」
「いや。 向こうで高校推薦もらってるから、中学卒業までは電車で通って、その後は下宿するつもり」
「えー、ずっとこっちに住むんじゃないのー?」
 無意識に声が大きくなった。 非常にがっかりしたのだ。 四人組はすごくうまく行っているのに。 ヒロちゃんが来年からいなくなると、貞彦を囲む二人の女子、みたいになっちゃう。 自慢シイの貞彦が、鼻を膨らませて勝ち誇る様子が、目に見えるようだった。
「夏休みには戻ってくる……と思う」
 付け加えた一言に、なぜか微妙な間が空いた。







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