表紙








とりのうた 10



 翌日、未夏は久しぶりに、隣りの家へお呼ばれした。
 レモン味のアイスキャンデーをくわえて、ひょっと二階の窓から首を出したところを、また裏庭で上腕部を鍛えていた貞彦にキャッチされたのだ。
「おう、暇そうじゃん」
「そうでもないよ。 これから基子と映画見に行くんだから。 いーでしょー」
 うんとうらやましがらせようと思って、陽気に言ってやった。 すると貞彦は、口を横に動かして、ニヤッと笑った。
「俺んとこも、いいぞー。 親父が、トロをこんな塊で貰ってきたんだよ。 煮ても焼いても食いきれないほどあるんだ。 それでさ、今夜、寿司パーティーを開くかなーって話になって。 おまえん家の人、招待したいんだけど、来るか?」
 トロ? 大好物だ! 未夏は大喜びで、満面の笑顔になった。
「うん、行く行く! 母さんたちも喜んで行くと思うよ。 訊いてくるねっ!」



 こうして、隣り同士の交流が始まった。 それまで何となく敬遠ぎみだったのが、子供たちの仲良しグループができたことで、風向きが変わった。
 未夏は、何をするにもできるだけ基子を呼ぶようにした。 本来気が合うし、貞彦が喜ぶからだ。 基子もいそいそとやってきた。 こっちの理由は、たぶん暇すぎるせいだが、案外四人でいると楽しいからかもしれなかった。
 貞彦の傍には、いつも博己がいた。 口数は多くない。 だが、存在感があった。 ひょうひょうとしているようで、たまにずばりと鋭いことを言う。 未夏はなんとなく、食べ物屋や海沿いのベンチ、夕涼みの縁台で、博己の隣りに坐るようになった。









 昼間の鹿島灘は美しい。 油照りの日中が過ぎると、浜風が頬をなぶり、穏やかな波が眠気を誘う。
 しかし、こんな爽やかな場所でも、夜となれば別の顔が現れることがあった。


 K緑地公園の外れ、太い桐の幹に、彼は身を寄せていた。 足元には、がっちりしたマウンテンバイクが倒してある。 汗ばんだ右手は、くいこむほど強く金属バットを握っていた。
 桐から五メートルほど前のベンチで、大きな芋虫のように何かが動いた。 少しもぞもぞした後、動きは止まり、間もなくスーピーとイビキが聞こえてきた。
 彼の舌が出て、唇をなめた。 噴水の傍にある街灯が、にじんだ光の輪を小さな広場に投げていた。
 静かだ。 夜中の二時半に、駅からもバス停からも離れたこの場所を通る物好きは、誰もいなかった。
 彼は、もう一度唇を湿らせ、ぎゅっと固く拳を握ってから、バットをふりかざして、木の後ろから飛び出した。






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