表紙








とりのうた 6



 目の前にいないときは、基子ちゃん基子ちゃんと連呼していたくせに、本人が現れると、貞彦は傍に行かず、逆にカニ歩きをして、博己の横についた。
「なあ、どこ見たい? 横浜に住んでたんだから、いまさらこの辺のデパートやゲーセンなんか行きたくねーだろ?」
「あ、横浜の人?」
 基子が帽子とお揃いのストロー・バッグを脇にかかえて訊いた。 博己はうなずいた。
大和やまとってところに家があった。 今、売りに出してるけど」


 淡々と語る少年に、もう家族はないのだった。 残りの三人は、重い事実にとまどい、どう反応していいか迷った。
 だがすぐに、未夏が悩むのを止めて答えた。 本能的に感じた。 博己は特別扱いされたくないはずだと。
「売れるといいね。 今不景気だから、けっこう大変でしょう」
「うち、二千万近くで買って、ローン払ってるんだけど、地価がどんどん下がっちゃって、今じゃ千五百万ぐらいなんだって」
 基子が不満そうに口を尖らせた。


 また空気がなごんだ。
「町を案内するんだから、別に特別なとこ行かなくてもいいと思うよ」
 そう未夏が言うと、博己はニコッとした。
「そうだね。 バスの止まるところとか、駅までの道順とか、そんなの知りたい」
「ね、ほら」
 ほら、は、貞彦に向けた言葉だった。 貞彦は、朝着ていたタンクトップをTシャツに着替えていたが、相変わらず色は黒で、胸に豹マークのロゴが光っていた。
「んじゃ、行くか」
「あ、海も見たいな」
「あたりきだろう。 だから海パン持ってきたんだ」
 そこで初めて、貞彦は基子のほうをチラッと見た。
「他のみんなも、持ってきてるよな?」
「うん。 基子ちゃんもだよねー?」
 わざと基子にちゃんをつけて、未夏は大っぴらにニヤニヤした。








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