表紙








とりのうた 4



「あこがれるほどのもんじゃねーよ」
 不意に下から声がした。 未夏と博己が同時に覗くと、両家の境になっている低い塀の傍に、黒いタンクトップを着た貞彦が立っていた。
「潮くせーし、アンテナはすぐ錆びるし」
「なによー。 すぐ泳ぎに行けるからいいって、いっつも夏になると言うくせに」
「うっせーんだよ」
 そう唸ると、右手に持った二キロのバーベルを、貞彦は脅すように突き上げてみせた。
「いちいちピーピー逆らうんじゃねーよ、中坊が」
「あ、そういう口きいていいの? 言っちゃうよ、基子に。 貞彦が中学生バカにしてるよーって」
 とたんに貞彦の目が泳いだ。 わかりやすい男だ。
「おまえな、基子ちゃんから離れろよ。 余計なことばっかり……」
 未夏は窓にドンと坐って、腹をかかえた。
「基子ちゃんだって! うわ、似合わない。 貞彦が女の子にちゃんつけてるー」
「あの……つけて悪いか!」
 貞彦が唾を飛ばしてわめいた。
 博己は、目だけを上下に動かして二人のやりとりを追っていた。 バーベルをスコーンとプロパンボンベの台に置くと、貞彦は鼻をふくらませて博己を見上げた。
「な? クソ生意気な女だろ?」
 訴えるように問い掛けられて、博己は穏やかな顔で見下ろした。
「仲いいんだね」
「誰が!」
 上と下で二つの声が爆発した。


 窓に寄りかかって、未夏はリラックスした気分になった。 この男の子、おもしろい。 人見知りしないが、図々しくもない。 どっちかというと、とぼけている。
 またヒョイと顔を突き出すと、未夏は貞彦に当てつけるように、甘い声で誘った。
「来たばっかで、ここら辺のこと知らないでしょ? 昼ご飯の後で、案内しようか?」
 博己は顔を上げて、にっこりした。
「うん、ありがとう」
「俺も行く」
 不意に貞彦が割り込んだ。 未夏は遠慮なく嫌な顔をした。
「えー? 貞彦も行くのー?」
「なんだよ、そのブーたれた顔は。 俺んちに来た子なんだぞ、勝手に連れてくな」
「じゃ、宮本屋の宇治金時で手を打とう」
「おごらせる気か!」
「いいじゃない、大きな高校生なんだから、かわいい後輩に氷の一杯ぐらい」
「どこがかわいい後輩なんだ」
 貞彦が小声で泣きを入れた。







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