表紙








とりのうた 3



 不景気な時代だった。
 バブルが本格的にはじけて三年。 大型倒産が相次ぎ、祭の後のわびしさが街をどんよりと覆っていた。
 しかし、子供の世界はそれなりに回っていた。 夏休みが始まったばかりで、自由時間の長さが眩しい。 寝坊できるというのが何より嬉しくて、もうとっくに目が覚めているのに、未夏は夏掛け布団を胴に巻きつけ、どんどん気温を上げていく朝の太陽に抵抗していた。
 母が階段を上がってくる足音がした。 中には入ってこないで、通り過ぎて行く。 隣りの和室へ行くらしい。 ほっとして寝返りを打った未夏の耳に、ドア越しの声が届いた。
「まだ寝てるの? いいかげん起きなさいよ。 朝洗った洗濯物、もう乾いちゃってるよ」


 うーん……
 仕方なく、ゴソッと起き出して、ベッドにあぐらをかいた。 そして、かすんだ目で壁のカレンダーを眺めた。
 七月二十八日。 明日の木曜だったら基子もとこと映画に行く約束だが、今日は何の予定もない。 半袖パジャマのまま窓辺に行って、腕をぽりぽり掻きながら、何気なく隣りを覗いた。
 すぐに、新顔の男の子が目に入った。 窓枠の上部に両手で掴まり、体を揺らして外を見回していた。
 ひえっ。
 あわてて首を引っ込めようとして、横に広げていた肘が網戸に当たった。
「いてっ」
 男の子の顔がすぐ、こっちを向いた。 未夏は自分を引っぱたきたくなった。 寝起きなのだ。 髪はくしゃくしゃ。 眼はしょぼしょぼ。 普段は西田ひかるみたいなキュート顔だと言われているのに、これじゃ捕まったばかりのオランウータンだ……
「ここ、静かだね」
 男の子の声がした。 ごく自然な言い方で、まるでずっと前からの知り合いみたいだった。
 どう答えたらいいかわからなくて、未夏が固まっていると、博己ひろみ少年は淡々と続けた。
「うちは幹線道路沿いでさ、窓を開けると車の音と排気ガスがすごくて」
 都会に住んでたんだ。
 潮来いたこもんの誇りがグッと胸をもたげて、未夏はちょっとイガラっぽい声で陽気に返事した。
「そりゃこの辺は静かだけど、鹿島に行けば賑やかだよ」
「じゃ、ここのほうがいいや」
 博己は上半身を折り曲げて、窓枠に肘をついた。
「俺さ、静かな海辺にあこがれてたんだ」







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