表紙








とりのうた 2



 クッキーを一口かじって、未夏は窓の縁に寄りかかった。
 熱心に隣りを眺めていると、やがて二階の左側にある部屋に、人が上がってきた気配がした。 ああ、あそこがあの子の部屋になるんだな、と、未夏は更に熱心に観察した。
 やがてガラガラと窓のサッシが開いた。 そして貞彦が、寝起きのままみたいなボサボサ頭を突き出し、未夏と目を合わせた。
「なに見てんだよー」
「べっつに」
 あんたなんか見てないよ、と言い返したいところを我慢して、未夏はそっけなく答え、しかたなく部屋に引っ込んだ。


 その晩は、斜め向かいの桃山ももやま夫妻が夕飯を食べに来た。 隣りの古河家より桃山のおっとりした若夫婦のほうが、小此木おこのぎ家と気が合うのだ。
 針生姜をたっぷりかけたアジの刺身をほおばりながら、桃山の若奥さんのあっちゃんがまず口を切った。
「古河さんちに男の子が来たんだって?」
「そうらしいよ。 未夏が見たそうだ」
 ギンギンに冷えたビールを持ってきた母が答えた。
「親戚の子?」
「うん。 親と妹が玉突き事故で死んじゃって、独りぼっちになったんだってさ」
「かわいそうだね」
「どんな子だった?」
 あっちゃんの夫のガンちゃんが、身軽に立ってビールをついで回りながら、未夏に尋ねた。
「普通の子。 背が低かったよ」
清明せいめい中学に入るのかねえ」
「一番近いもんね。 貞くんと同じ学校になるのか」
「貞彦はもう卒業したよ。 いま高一」
 未夏の言葉に、あっちゃんは目を大きくした。
「えー? もう高校生? 早いなあ。 私らが越してきたときは、まだ小学生だったのに」


 食器を片づけた後のテーブルでウノをやって、ひとしきりはじけた後、桃山夫妻はほろ酔い加減で帰っていった。
「ほら、そのサンダル、左右が違う」
「あー、これ未夏ちゃんのだ。 未夏ちゃんごめんねー。 よいしょっと」
 にぎやかに若い声が遠ざかっていく。 麦茶をコップにそそいだ後、母の晴子はるこはふっと溜め息をついた。
 首にタオルを巻き、座椅子にダランと寄りかかっていた父が、けげんそうに顔を上げた。
「どうした。 疲れたか?」
「ううん」
 両手に挟んだ茶色い飲み物を見つめて、母は複雑な笑みを浮かべた。
「あと十年もしたら、未夏もあんな風に旦那にもたれて帰っていくのかなあと思って」
「まだ十年もあるんか」
 父の俊之としゆきは、大げさに天井を仰いだ。
「そこまで俺のスネ、残ってるかな」







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