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≪105≫
銀色のレースで包んだ箱を開くと、きらめくダイヤの縁を淡いグリーンの細い葉が取り巻いた形の、ユニークで洗練された指輪が現れた。
陶子は息を呑み、小箱を持ち上げて天井からの灯りにかざしてみた。 ダイヤの硬質な光が緑の影で和らげられ、清々しさがいっそう引き立った。
「爽やかなデザイン……森の精という感じ」
うっとりと見つめている陶子に、牧田は安心して、明るい笑顔になった。
「よかった。 気に入ってもらえなかったら、取り替えに行こうと思ってたんだ」
「取り替えるなんて駄目」
陶子はきっぱり宣言した。 本当に一目で指輪に魅せられていた。
「きれいだわ。 この緑の石は、ペリドットでしょう? ダイヤと組み合わせると、こんな風に輝くのね」
「そう、ダイヤだけだとよくあるから、八月の誕生石を入れたかったんだ」
「ありがとう」
牧田が箱から取り出して、嵌めてくれた。 陶子は色白のほうなので、清楚な指輪はうまくマッチして、まっすぐで形のいい指を引き立てた。
まだ指輪から目を離せずに、陶子はうるんだ声で囁いた。
「こういうの、憧れてた」
「俺も」
牧田は低く答え、横から陶子をすっぽり抱きこんだ。
耳のすぐ傍で、息が囁いた。
「もう名前で呼ぼう。 俺の名は、幸多〔こうた〕だよ」
陶子は、ちょっと慌てた。
紫吹が彼を、コータとかコータちゃん、頼みごとがあるときにはコータさま、などと呼ぶのはよく聞いている。 でも陶子にとって、これまで彼はあくまでも牧田さんだった。 そう呼びたくなるような、筋の通った彼の生き方が好きだった。
「じゃ」
「呼ぶ?」
「うん、幸多さんって」
「君らしい」
牧田の腕に力が入った。
「陶子さんと幸多さん、いい組み合わせだ」
二人は、牧田が大野原の会社に正式入社した一ヵ月後に、婚約を発表した。
すると、一週間も経たないうちに毛利と紫吹が牧田をスタバに呼んで、自分たちも婚約したと知らせてきた。
「おい、就職前に結婚するつもりか?」
「いいじゃない。 学生結婚するヤカラもいるんだから」
「三月からオリエンテーリングに入るわけだし、その前にシブと最後のフリータイムを楽しみたいんですよ」
運動部なので敬語遣いはきちんとしているが、態度は大きな体でのしかかるようにしながら、毛利は否応なく言った。 牧田は溜息をつき、スタバのモカ入りカップをテーブルにすべらせた。
「唾飛ばさなくてもいいよ。 これ飲んで落ち着け」
「じゃ、OKですね?」
「認めるよ、おめでとう。 簡単に別れるなよ」
たちまち毛利が、すっくと椅子から立ち上がった。 表情はあまり変わらないが、目は燃えていた。
「何言ってるんすか! 俺がそんなヤワな男だと、マジで思って……」
「まあ座れ。 座ってくれ。 おまえ目立つんだから」
仕方なく、牧田は彼にとっては小づくりな椅子に戻ったが、まだ危険な雰囲気を漂わせていた。
「俺、シブには本気ですから」
「わかった。 よろしく頼む」
こう釘を刺しておけば、運動部の体力と忍耐で、たいていの家庭の苦労は乗り越えてくれるだろうと、牧田は思った。
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