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≪1≫
家を出る前に、陶子〔とうこ〕は四箇所に仕掛けてある監視カメラをオンにし、窓と扉の鍵をすべて点検してから、裏口を開けた。
半年前、母が死んで以来、防犯には気をつけていた。 若い女の一人暮らしには、用心が必要だ。
一緒にこのだだっ広い家に住んでくれる人がいれば安心なのに、と、陶子だって思う。 今はまだ、外出する時だけだが。
大学出たての二十二歳では、結婚したいという切実な気持ちはなかった。
裏のドアに二重鍵を下ろし、ショルダーバッグを肩にかけ直してから、丸い敷石に足を踏み出したとたん、家の中で電話のベルが鳴るのが、かすかに聞こえた。
陶子は立ち止まって、顔をしかめた。
「閉めたばっかりなのに〜」
でも、無視する度胸はなく、陶子は口の中でぶつぶつ言いながら再び裏口を開けた。
中ヒールの靴をあわただしく脱いで、陶子は廊下を走っていき、リビングにあるファックス付き電話の受話器を取った。
「はい、藤沢です」
電話の向こうは、無言だった。
「もしもし?」
こんな朝早くから、いたずら電話か!
陶子はムッとなった。 受話器を叩きつけてやろうかと思ったそのとき、男の低い声が耳に届いた。
「陶子?」
不意に周囲の空気が薄くなったような気がした。
目の前が揺らいだ。
電話の声は、点線のようにとぎれとぎれに続いた。
「純子〔じゅんこ〕、亡くなったんだって? 人に聞いてね……それでやっと……」
「だれ?」
電話の向こうから、切なげな溜め息が聞こえた。
「わかるよ。 怒ってるだろう……当然だ。 ずっと放っておいて、すまなかった……」
「知らせようがないじゃない……!」
今度は、体がぶるぶる震え始めた。 自分が意のままにならない。 生まれて初めての経験だった。
「どこにいるか、わからないんだもの。 幾ら探しても」
「……悪かった」
相手の声はますます低く、おぼつかなくなった。
「いろんなことが……あってね。 でも、このままじゃいけないと」
「半年も経ってから! いや、十五年よ。 十五年も姿消してて、なんで今……!」
喉が狭まって、仔猫のような頼りない声しか出なくなった。
十一月十三日の金曜日、朝七時ちょっと前というとんでもない時刻に、死んだとあきらめていた父が、陶子の元に帰ってきた。
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