表紙目次文頭前頁次頁
表紙

透明な絵 ≪103≫

 急展開した話の結末に、陶子は驚きを隠せなかった。
「つまり、牧田さんにお父さんの後を継いでほしいと?」
「俺だけじゃなく、紫吹にもつながるんだ」
 牧田の口調が、一段と真剣味を帯びた。
「あいつにも相談したら、妙に身を乗り出して熱心に聞くんで、どうしたのか訊いたんだ。
 そしたら、毛利を仲間に入れてくれないかって。
 今、就職口が少ないだろう? 毛利は警備会社に内定してるんだが、ああ見えて気が優しいから、向いてないと悩んでいるらしいんだ」
 ああ見えて、と牧田は言うが、ペルーで紫吹に紹介された毛利は、筋肉質で逞しいながら、目鼻立ちがおっとりしており、格闘家というより子供好きのお兄ちゃんという感じだった。
 炬燵の上のテーブルに載せた陶子の手に、牧田はそっと自分の手を重ねた。
「仕事は何でも大変だ。 頑張り屋の君にならって、俺も、三十前でまだ間に合ううちに、お父さんの残した仕事を修業したい。
 拾ってもらった最初の頃、事務所の走り使いをした。 あの忙しくて明るい雰囲気が、今でもはっきりと思い出せる。
 カメラマンという職業も好きだし、これまでまあまあやってきたが、単独で動くことが多くて、最近は寂しくなった。 俺は一匹狼には向かないらしい」
 そうかもしれない、と陶子は納得した。 牧田は人なつっこい。 協調性があって、たいていの人と仲良くできる。 彼には、仲間が必要なのだ。
「一月にお父さんを納骨する前に、向こうの会社に行って、俺でもやれるかどうか試してみるつもりだ。 でも、陶子さんに相談しないと、勝手に決められないから」
 重なった彼の手が、急に熱くなった。 ぎゅっと唇を引き締めて決意を固くしてから、牧田は詰まった声で、囁くように言った。
「俺、今度のことで、はっきりわかったんだ。 これまでずっと紫吹を庇って暮らしてきたが、君とあいつが同時に危険にさらされたら、君のことしか考えられなくなった」
 陶子は、激しく目をしばたたいて、牧田を見た。
「そんなことは……」
「いや、そうだ! 君を連れ帰ることだけ考えて、紫吹が犯人に捕まるなんてまったく予想しなかった。
 そのことで、毛利は俺に怒ってたが、紫吹はわかったような顔して言いやがった。 兄ちゃんもやっと大人になったのねって」
 そこで、突然牧田は陶子の肩に顔を押しつけた。 短い息の音が聞こえた。
「俺の家族は、いつの間にか君になってたんだ。 君一人だけに」








表紙 目次前頁次頁

背景:Vega
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送