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表紙

透明な絵 ≪102≫

 脚が触れ合った。 ズボンとストッキングが間にあるのに、不思議なほどなまめかしい気分になった。
 横に顔を向けて目を見交わすと、自然に微笑みがこぼれた。
「あなたの顔見たら、すごくホッとした」
「俺も」
 陶子の片手を取り、掌の上で遊ばせながら、牧田は話し出した。
「こういう安心の仕方って、初めてだな」
 見つめる視線が、謎めいた光を放った。
「実は、日本に戻ってから、大野原さんに呼ばれて会ったんだ」
「ふうん」
「弁護士の岡谷さんも同席して、意外なことを聞かされた。 お父さんの経営していた事業は、陶子さんのお母さんが八年前に相続して、持ち分を共同経営者の大野原さんに依託した形で手を引いたそうだ」
 陶子の表情が引き締まった。 八年前……おそらく、失踪後七年経って、法律上の死亡を申請したのだろう。
「お母さんは、俺たち兄妹のことを岡谷さんに訊いた。 でも、説明に納得はしなかったらしい。 具合悪いことに、紫吹がお父さんに顔が似てたから。 偶然なんだけどな。
 どうも君のお母さんは、俺たち関係でお父さんがごたごたに巻き込まれて、消されてしまったんじゃないかと疑っていたらしい。 それで、俺たちを逃がすために日本へやったんじゃないかと」
「お母さん、気を回しすぎだわ」
 辛い気持ちになって、陶子は呟いた。 そっと手を引こうとしたが、牧田は離さなかった。
「で、君のお母さんは証書を作った。 俺たちがもし生活に困って、岡谷さんに相談に来たら、お父さんの持ち分を渡してくれと。
 さすが大会社の社長だけあるよな。 俺だったら、そんな心の広いこと、できるかどうか」
 陶子は口を開けた。 だが、声を出す前に、牧田が急いで話を続けた。
「お父さんの実の子なら、必ず相談すると思ったんだろうな。 でも、俺たちは行かなかった。 考えもしなかった。 学費と生活費だって、働き出してから少しずつだけど返してたんだから。 ずっと岡谷さんに預かってもらってるんだ」
 陶子はかすかに首を振った。 牧田兄妹の誠実さに胸が熱くなって、言葉が出なかった。
 牧田は、自嘲的な笑いを浮かべた。
「そのせいで、岡谷さんはこれまで言い出せなかったらしい。 返す義務を果たしてることが、俺たちの支えになってるから。
 ただ、今度のことで、大野原さんが俺たちに会ったろう? で、現地で一緒に行動して、認めてくれたらしいんだ。 これなら真面目に働くだろうって」
 照れたように、視線がテーブルに落ちた。
「お父さんの遺産をそのまま渡しても、受け取らないだろうから、共同で仕事しないかと言われた」







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