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表紙

透明な絵 ≪101≫

 『むらかわ』という縦長の看板を掲げた店は、オレンジ色の電飾に包まれたミニ・クリスマスツリーを、まるでお正月の門松のように門の両側に置いていた。
「かわいらしいツリー」
 リバーシブルのロングコート姿で、牧田の四駆から降り立った陶子は、暖かい雰囲気のツリーに微笑みながら、淡い色彩の石英石を一面に敷き詰めたアプローチを通り、親しみやすい雰囲気のガラス引き戸の前に立った。
 牧田は、車のキーをかけ、大きなバッグを肩にかついで、すぐ陶子に追いついた。 いつも持ち歩くそのカメラマンバッグは、とても使いこまれていて、色が褪せ、縁がほころんでいた。


 中へ入ると、藍色の着物にたすきをパリッと掛けた若主人が出迎えた。
「おう、元気そうじゃん?」
「まあ、そこそこ。 あ、これ、遅くなったけどお子さんの誕生祝に」
 でかバッグから、牧田が四角の包みを出して渡した。 若主人は驚き、嬉しそうに目を丸くした。
「ありがとー! 相変わらず、気配りの男だな〜」
 それから仕事を思い出して、慌てて牧田の横でにこにこしている陶子に挨拶した。
「いらっしゃいませ。 あちらにお座敷をご用意しました。 ゆっくりおくつろぎ下さい」
「ありがとうございます」
 陶子は丁寧に答えた。
「じゃあな」
「うん、すぐ料理持ってく」
 うなずいて若主人の村川が去った後、客でほぼ一杯になっているテーブル席を縫って、二人は奥の座敷に向かった。


「大人のお客さんが多いのね」
「通〔つう〕がよく来るんだ。 リーズナブルな和食を出す店だけど、注文すれば本格的な料理も作れるんで」
「修業したの?」
「うん、新橋の小料理屋で昔風にね。 あいつ偉いよ」
 六畳の座敷はきれいな琉球畳で、床の間に寒咲の菊と赤実の南天が飾られていた。 部屋の真中には掘りごたつが切ってあり、足を伸ばして座ることができた。
 牧田はスッと手を伸ばして、陶子がコートを脱ぐのを手伝ってくれた。 そして、レンガ色に白い縁取りのついたツーピース姿になった陶子を、惚れ惚れと眺めた。
「似合うなあ」
「ほんと? よかった」
 原型は従来のシャネル型だが、ウェストを少し絞ってブローチで止めている。 スタイルをよく見せるデザインで、この日のために珍しくオートクチュールで仕立てた服だった。
 だから、褒められると余計に嬉しかった。 皺になりにくい加工がしてあるので、陶子は遠慮なく炬燵〔こたつ〕に足を入れて座った。 牧田も、すぐ横にすべり込んできた。








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