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≪98≫
考えながら、陶子はひとつ腑に落ちなかったことを尋ねた。
「たしか常務は、マヌエルが父を撃ったって言ったわね?」
「最初はそうするつもりで、気が変わったんじゃないかな。 十五年前のことで、マヌエル自身もはっきり覚えてなかったかもしれない。 結構いいかげんな奴だったらしいから」
そう、出たとこ勝負で、細かい計算のできる男ではなかった。 だから簡単に尻尾を出してしまったのだ。
陶子のほうにも、話すことは沢山あった。 思い出しては口にしている間、深い悲しみがわずかでも紛れた。
「警察の人が教えてくれたけど、佐々川常務は、うちのフレグランスの宣伝モデルをしていたタレントと駆け落ちしようとしてたんですって」
「へえ、若い子?」
「たしか二十歳」
「やるなー」
牧田は苦笑いした。
「紫吹と一つしか違わない」
「私とも」
二人は顔を見合わせ、複雑な表情になった。
「それと、牧田さんの車のブレーキを壊したの、やっぱり常務だった。 若い頃、車検のバイトをしたことがあるんですって」
「重役は下っ端より時間の自由がきくからな。 会社をこっそり出て、俺たちの後を付けまわしてたんだな」
「彼は社内の実力者だったのよ。 給与も多かったし。 私を棚に上げて、陰で好きなように根回しすることだってできたのに」
「いつかそれができなくなるとわかってたんだ。 一度頂点に立つと、手放せなくなるタイプだった」
「新しい恋人にお金がかかったでしょうしね」
恋人、という言葉で、二人はお互いを意識した。 離れていて本当に寂しかった、という想いをこめて、ゆっくりと優しくキスし合ったが、その後はお互いの腕の中で囁き合うだけで我慢した。
今は、父の喪に服す期間だった。 異国の土の下で、長く孤独な年月を過ごした、家族思いの、そして弟思いだった父の。
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