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表紙

透明な絵 ≪95≫

 三人が出発する日、陶子は販売網の小売店主を集めた慰労パーティーがあって、どうしても見送りに行けなかった。
 忙しく服とアクセサリーを選び、ビューティーパーラーへ足を運ぶ途上で、陶子は空港の牧田と連絡を取った。
「そっちへ行きたいわ〜。 タクシーを見る度に、飛び乗って『成田に』って叫びたくなる」
「落ち着いて。 俺らでできるだけ調査してくるから」
「毛利〔もうり〕さんにも会いたかったのに」
 舗装道路を歩きながら、陶子はふくれっ面になった。 牧田の低い笑いが聞こえた。
「帰ってきたら会えるよ。 迎えに来てくれるんだろ?」
「絶対行く!」
 「じゃ、顔を合わせるのはその時に。 連絡はしょっちゅうするからね。 携帯の電源切るなよー」
「こまめに充電しとく」
 陶子は約束した。


 最初の電話は、到着した直後にあって、会社にいた陶子を安心させた。
 だが、翌日の連絡は、がらりと変わって不安な内容だった。 一行は時間を無駄にせず、すぐに藤沢祐輔名義の農場へ向かったのだが、そこにはまだマヌエル秦の配下がたむろしていて、不穏な雰囲気だったのだ。
「ここは治安があまりよくないんだ。 警察だけでなく軍隊にも協力を要請しなきゃならないかもしれない」
「気をつけてね。 ぜったい無理しないでね。 あなたに何かあったら私……」
 喉が狭まって、陶子はあやうく泣き声になりそうになった。
「大丈夫。 もう無茶やるほど若くないよ。 それに、慎重な毛利が引き止め役に回ってるし。 彼が言うには、大使館か領事館に行って、この国のお偉いさんに口きいてもらったらどうかって」
 それが早道かもしれない。 陶子は興奮して電話に耳を押しつけた。
「そうね! 役に立つならうちの会社の名前を使って。 そっちの銀行の口座番号を調べるわ」
「金はできれば……」
「必要だと思う。 私たちはマヌエルのせいで、十五年以上父と引き離されていた。 せっかく牧田さん達が探しに行ってるのに、これ以上時間を無駄にできないわ」
 陶子の言葉は、きっぱりしていた。 きれい事だけでは世の中は回らない。 まして今度は、正しい目的のためなのだから。
「いいじゃない、お金ぐらい、佐々川専務に持ち逃げされたと思えば。 牧田さんと、それに毛利さんの作戦に任せます」
「うまいなぁ、人を乗せるの」
 ふうっと息をつくと、牧田は決断した。
「がんばって根回ししてみるよ。 うまく行ったかは、また明日知らせる」







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