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表紙

透明な絵 ≪94≫

 週の終わりに、牧田は飛行機の予約を取ってきた。
 一緒に行きたいという陶子を根気よく説得して、まず牧田が現地へ飛び、捜査の進み具合を見てから連絡するということに決めた。
 会社に対する義務と、肉親の愛情に挟まれて、陶子は何日も悩んだ。 牧田が、冬休み中の紫吹を伴って行くと聞いて、ますます取り残されたような気分になった。
「俺らは向こう生まれで、言葉が話せるし、知り合いもいる。 紫吹は連絡係として連れていくよ。 あいつはよくしゃべるから、君に詳しく報告するのにぴったりなんだ」
「何かわかったら、すぐ知らせてね。 どんな小さなことでもいいから」
「即行で知らせるよ。 だからちゃんと待っててくれよ。 まちがっても、一人でこっそり追っかけてくるなんて駄目だよ」
「そんな足引っ張るようなこと、しないわ」
 陶子は半ば本気で怒って、もたれかかっていた牧田の腕から身を起こそうとしたが、すぐ引き戻された。
 背後から抱きしめ、つやつやした陶子の髪に顔を埋めながら、牧田は囁いた。
「紫吹の彼氏も行きたがってる。 絶対お断りだって言ったんだが、勝手についてくるつもりらしい。 柔道の黒帯だから、まあ役には立つんだけど」
 リビングのソファーの上で、陶子は目を丸くした。
「紫吹ちゃんの彼は、柔道の選手?」
「そうなんだ。 一メートル九十ぐらいあって、鎌倉の大仏によく似てる」
「はあ……やさしい顔なのね」
 鎌倉と奈良の大仏が頭の中でごっちゃになったが、ともかくどちらも穏やかないい表情をしていることだけは記憶にあった。
 そこで、はたと気が付いた。
「そんな頼もしい彼がいるなら、どうして紫吹ちゃんは一人で頑張ってたの?」
 牧田は、喉の奥で笑った。
「すごく大事にしてるんだよ、紫吹なりに。 ちょっとでも危険があるところには近寄らせないんだ」
「黒帯の彼を?」
「そう」
 牧田は真面目に答えた。
「だって、国際大会の代表選手になるぐらいの奴だから。 紫吹を守ろうとして乱闘騒ぎかなんか起こしたら、マスコミに叩かれてアウトになるかもしれない」
「ああ……」
 申し訳なくなって、陶子は声を落とした。
「紫吹ちゃんもぎりぎりの所でがんばってたのね」
「だから、紫吹が犯人に捕まってたのがばれたとき、毛利〔もうり〕の奴すごく怒って、なぜ黙ってたんだー!って、まるでハルクみたいになっちゃってさ。 普段はおとなしいから、こっちもびっくりした」
「心配したんだ。 それで、今度はついていきたいのね」
「らしいな」
 牧田は動じない顔で笑っていた。








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