表紙目次文頭前頁次頁
表紙

透明な絵 ≪93≫

 ヤングな美人社長……?
 陶子は閉口して、顔が真っ赤になるのを感じた。 そのはにかみが、中年幹部社員の父性意識を刺激したらしく、ずらりと並んでいる重役たちの表情が一段となごみを増した。


 昼前、受付へマスコミがインタビューを申し込みに来たという情報が上がってきた。 陶子が出社したことに、そろそろ気づいたらしい。
 社内の団結を再確認するのに神経を使って、陶子にはもうエネルギーは残っていなかった。 幸い、現配属セクションの小野部長が陶子の疲れを見てとって、もう充分以上に頑張ったから、午後は早引けしてゆっくり休むようにと言ってくれた。
「これ以上気を張ると、後でポッキリ行きますよ。 今日はよく来てくれました。 絶妙なタイミングでした。 これで社内の士気が高まりましたから、もう大丈夫ですよ」


 広い敷地には、出入り口がいくつもあった。 商品の運搬に使う配送門から、陶子はひっそりと抜け出した。
 表の国道につながる裏通りは、まったく人けがなく、ひっそりとしていた。 静かな道に出たとたん、陶子の胸は高まり始め、足が自然に速くなった。
 角を曲がり、社屋が視野から消えたところで、陶子は立ち止まると携帯を開いた。
「牧田さん?」
 すぐに、大好きな声がにぎやかな音楽に混じって聞こえた。
「どうだった? そっち行こうか?」
 陶子は自然に笑顔になり、電話機と共に頭を大きく振った。
「ううん。 私がそっちへ行く。 いい雰囲気で迎えてくれたの。 明日から本格的に働けばいいから、今日は早く帰れって」
「よかったなあ」
 牧田の声も弾んだ。 陶子は受話器に一段と耳を押し付け、バックの音楽を聞き取ろうとした。
「今どこにいるの? にぎやかね」
「ああ、小さな広場でバンドの演奏会をやってるんだ。 学生らしいけど、なかなか上手いよ」
「そこへ行きましょうか?」
「いや、ちょっとわかりにくいかも。 駅前で待つよ。 昼飯まだだろ?」
「ええ、まだ食べてないわ」
「よーし、ここ美味そうな店がたくさんあるんだよ。 君が来るまでに探しとく」
「私が着いたときには、駅にいてね。 心細いから」
「だいじょうぶ。 ちゃんといるよ」
 子供をあやすように、牧田は優しく答えた。







表紙 目次前頁次頁

背景:Vega
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送