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≪85≫
深夜に寝たにもかかわらず、明け方の五時過ぎに、もう陶子は目が冴えて起き上がっていた。
まだ、カーテンを閉め忘れた窓の外は暗い。 だが、強い責任感が陶子の背中を押した。 社長代理が逮捕され、形式上の社長(つまり陶子)は姿を消したまま。 これでは会社が基盤から揺るがされてしまう。
電気がつけっぱなしの部屋では、牧田と紫吹がすやすやと寝入っていた。 二人を起こさないよう、陶子は爪先立ちになって、カウチの背にかけたコートを取り、床のバッグを拾い上げた。
一度家へ戻って身支度する必要がある。 表通りでタクシーが捕まるかな、とやや心配しながら、陶子はできるだけ静かにアパートの階段を下りた。
平らな地面に立って、歩き出そうとしたとき、軽い足音が追ってきた。 振り返ると、キルティングのハーフコートに腕を通しながら、牧田が駆け下りてくるところだった。
「黙ってどこ行くの?」
なんとなく気がとがめて、陶子は伏し目になった。
「ああ……着替えに家へ帰ろうと思って」
「俺ん家にも着替え持ってってたじゃない」
わざとぞんざいに、牧田は言い返した。
「帰るんなら、俺ん家のほうがいいよ」
「そうね」
陶子はすぐ承知した。 あまりすらすらと返事が口から出たので、自分がちょっと恥ずかしかった。
陶子は、牧田と離れたくなかった。 その気持ちがあまり強烈だから、逆に、べたべたして嫌われてはいけないという自制が働いて、一人で帰ろうとしたのだ。
ごつい腕時計をちらっと見て、牧田は眉を寄せた。
「バスは、六時過ぎでないと来ないだろうな。 こういうとき車がないと不便だ、まったく」
「バイクは? ねえ、私のバイク使ってよ!」
二人が振り返ると、階段の上から紫吹が大きなジェスチャーで、手に持ったキー・チェーンを高くかざしていた。
紫吹が投げ落としたキーを、牧田が受け取り、陶子とバイクに相乗りして行くことになった。 早朝の空気は肌を刺すような冷たさだったが、牧田の背中に顔を寄せていると、陶子の胸はエンジン音に合わせて高鳴り、体が熱くなった。 むしろ、寒い時期でよかったと思った。
この時間帯は、信号が点滅している交差点が多く、楽に突っ走ることができた。 二人乗りなんて初めてだけど、すごく楽しい、早く着いてほしくない、と思いながら、陶子は牧田の胴に巻いた腕に力を込めた。
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