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表紙

透明な絵 ≪83≫


 臼井が、なだめるように言い聞かせた。
「だってね、ホシがここの玄関から侵入したとき、背中しか見えなかったから、凶器を持っているかどうかわからなかったでしょう? 実際、持ってたわけだけど。
 そういう場合、下手に刺激して、人質を取って立てこもられたら、後が大変なんですよ。 ニュースで見たことあるでしょうが。 半日、丸一日篭城されて、人質が負傷、警官射殺、とか」
 確かに理屈はそうだが、牧田はなかなか納得できなかった。
「じゃ、何を待ってたんですか? 僕らが後から呼ばれて入っていったときにも、隠れたままだったじゃないですか。 人質が三倍に増えたのに」
「だから」
 臼井は辛抱強く説明した。
「入っていくべきじゃなかったんですよ。 その前に、我々に話しておかなきゃ」
「妹を監禁されて、来ないと危害を加えるって脅されてたんですよ! 警察に言ったら何するかわからないって!」
「そういうとき上手く処理するのが警察なんです。 もっと信用しなさい」
 どちらの言い分にも理があるが、陶子はこの際、二人の議論にかまっていられなかった。
「それより、どうしてこのアパートを見張ってたんですか? どこかから情報を?」
 臼井は一瞬口を閉じ、それからいやいや開いた。
「ICPOの連中が、佐々川のこそこそした姿をこの辺で見かけたと言ってきたもんでね」
 インターポールの捜査員たちは、まだ日本にいたんだ──陶子は納得した。
「私、あの人たちに見覚えがありました。 父の偽者から電話があった日、表の通りに車を停めて、こっちを見ていました」
 それを聞いてためらいが消えたらしく、臼井は更に新しい話をしてくれた。
「こっちの牧田さんが情報紹介したのを知って、すぐ日本に飛んできたらしいね。 彼らがマヌエルの遺体確認をしたんですよ。 指紋がバッチリ一致しました」
 だから無残な刺殺死体を見ずにすんだらしい。 陶子はヒメネスと黒川両氏に、心の中で感謝した。


 その後十分ほど、佐々川を倒した経過を訊いた後、臼井は三人を解放した。
「大変な目に遭って、お疲れ様でした。 犯人逮捕ご苦労様です。 ただ、どんなに危険な真似をしたかは、充分覚えておいてくださいよ。 今度は結果オーライだったけど、次は命を失うかもしれないんだから」
「次なんかないですよ。 あるわけない」
 牧田が小声で呟いた。




 警官たちが引き上げていくと、紫吹がすぐキッチンコーナーに飛んでいって、冷蔵庫のドアを開けた。
「あーお腹空いた! 取調べの最中、グーッて音がするんじゃないかと思って、心配しちゃった」
「何が入ってる?」
 牧田が尋ねると、小さな庫内に頭を入れて見回して、紫吹は陽気に答えた。
「コンビニのサンドとおにぎりと、冷凍ピザ」
「まじかよ。 まあ何でもいいや。 食わせてくれ」
 牧田は、いくらかふらついた声で応じた。







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