表紙目次文頭前頁次頁
表紙

透明な絵 ≪81≫


 では、寝室のドアを無残に壊したのは、マヌエルだったのだ。
 陶子は改めて、恐怖が心臓を掴むのを感じた。 あの晩、紫吹が外で待機していなければ、そして陶子を素早くバイクに乗せてくれなければ、マヌエル秦に追いつかれて殺害されたかもしれない。


 構えていたピストルが重くなったらしい。 佐々川はうつむき、気だるそうに右手から左手に持ち替えようとした。
 その瞬間、ぴったりしたエラスティック・ジーンズを穿いた紫吹の脚が、目も止まらぬ速さで動いた。 左手首を思い切り蹴飛ばされて、佐々川はよろめき、指から飛び出たピストルが空中高く舞い上がった。
 牧田の腕がすかさず伸びて、ピストルを受け止めた。 佐々川は、あっと叫ぶと、自分も同時に手を伸ばして奪い取ろうとした。
 これで脇が甘くなった。 紫吹がストンと床に降り立つと同時に、力いっぱい回し蹴りして、佐々川の腹に膝を食いこませた。
 体を二つ折りにして前かがみになった佐々川めがけて、三人の若者が一斉に襲いかかった。


 およそ二十秒の格闘の後、うつ伏せに倒された佐々川の背中に、牧田が馬乗りになり、なおも暴れる脚を片方ずつ、陶子と紫吹が抑えつけた。 最近の運動といえばゴルフしかしたことのない佐々川は、すっかり息が上がって、紫色の顔になっていた。
「そら、そこのロープ取ってくれ」
「ほい」
 紫吹は、自分が縛られていた自転車用の紐を拾い上げて、兄に渡しながら言った。
「こっちの端で足のほう縛るね。 絶対ほどけない結び方知ってるから」
「おう、頼む」
 兄妹が楽しげに拘束プレイを始めたので、陶子は懸命に抑えていた佐々川の右足首から手を離すことができた。
 心からほっとすると同時に、目まいがしてきた。 心労と疲れが一緒くたに襲ってきて、まっすぐ立っていられない。 崩れるように床の上へ座りこみ、額に手を当てた。


 やがて、ぎゅうぎゅうに佐々川を縛りあげた後、紫吹が横に寄り添ってきた。
「平気? 気分悪い?」
 とたんに陶子は泣き笑いして、紫吹に抱きついた。
「紫吹ちゃんこそ大丈夫? ごめんなさい。 こんな怖い思いをさせて」
 紫吹も力強く陶子を抱き返した。 全然めげてない。 明るい声が言った。
「大丈夫。 ちょっとビビったのはピストル見たときだけで。 縛るって言い出したときは、むしろ面白かった。 すぐにほどける縛られ方を知ってたから」







表紙 目次前頁次頁

背景:Vega
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送