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表紙

透明な絵 ≪79≫


 階段を上ってチャイムを鳴らした後、十秒ぐらい間があった。
 それから、カチャッと音がして、玄関のドアが開いた。


 柔らかい黄色の照明が照らす中に、佐々川が立っていた。 ポロシャツの上に藍色のセーターを着て、茶色のズボンを穿いている。 ゴルフ帰りのような姿だった。
 だが、手にしているのはゴルフバッグではなかった。 それは、黒く不気味に光る銃身だった。
 銃口を軽く振って、佐々川は短い廊下の奥を示した。
「あっちのリビングへ行け」


 牧田と陶子は、無言で靴を脱ぎ、廊下に上がった。 二人が通り過ぎるのを待って、佐々川はピストルを構えたまま、後ろからついてきた。
 リビングに入ると、すぐ紫吹が見えた。 タオルで猿轡〔さるぐつわ〕をされ、両手両足を縛って、芋虫のようにカウチの上に転がされていた。
 陶子が駆け寄ろうとすると、佐々川の声が飛んだ。
「離れてろ! 二人はこっちに座るんだ」
 仕方なく、陶子は牧田と並んで、テーブルの反対側に腰をおろした。 牧田は、じっと紫吹の目を見つめていたが、やがて瞬きして視線を外した。
 佐々川は、紫吹の脚をどけて、できた空間にどっかりと座り込んだ。 いつもの健康そうな血色はなく、顔色が悪い。 武器を持っていても、自分の不利を自覚しているようだった。
 ピストルを右手に持ち、左の紫吹に向けたまま、佐々川は口を切った。
「話の前に、二人とも携帯電話をテーブルに出してもらおう。 どこかへこっそり連絡しないように」
 黙ったまま、牧田と陶子はそれぞれの携帯を出して、テーブルに置いた。 佐々川は、二台の電話をかき集め、自分の前に並べてから、顔を上げた。
「じゃ、相談に入ろうか」
「何の?」
 牧田が険しい声音で尋ねた。 すると、佐々川の頬を苦い笑いがかすめた。
「佐々川常務の引退と駆け落ちさ」


 駆け落ち?
 場違いな言葉が飛び出してきたので、陶子は思わず牧田と顔を見合わせた。
 佐々川は、クックッと声を出して笑った。
「恋愛するのは、何も若い子だけと決まったもんじゃない」
「それはそうだけど……」
 しゃべりかけた牧田を遮って、佐々川は続けた。
「わたしはね、昔から純子さんが好きだったんだ。 三つ年上だが、子供の頃からあこがれててね」
 陶子はハッとした。 だが、あまり驚きはなかった。 佐々川が、陰で『忠犬ブル』と仇名されるほど母に尽くしていたのを、見て育ったからだ。
「だから、藤沢さんが蒸発したとき、嬉しかった。 見つからなくても、七年経ったら純子さんは自由だ。 きっとわたしとの再婚を考えてくれると思った」







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