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表紙

透明な絵 ≪73≫


「佐々川さんが怪しいって、警察に言ったほうがいいかな?」
 陶子が小さく尋ねると、兄妹は顔を見合わせた。
「今んとこ、証拠がないからな。 動機は充分だけど」
 牧田の言葉に、紫吹が後を続けた。
「佐々川さんがただ一人の親戚だってことは、言ったほうがいいかも。 警察では、もう調査済みかもしれないけど」
「そうね。 動機をほのめかすぐらいなら、やってもいいわね」
「警察まで、送っていこう」
 牧田がサッと立ち上がった。
「どこの署がいいのかな。 やっぱり警視庁か?」
「地元の警察に本部が置かれるんじゃなかった?」
 紫吹が携帯で忙しく調べ始めた。
「そう、やっぱりそうだ。 この場合、国分寺署でしょ」
「わかった」
 歩き出した牧田の後を追いながら、陶子は遠慮がちに言った。
「あの、小金井署」
 牧田は振り返って、目をぱちぱちさせた。
「え?」
「国分寺署は、ないの。 昔はあったらしいんだけど、今は隣の小金井〔こがねい〕と合併してる」
「あ、そうなの? ちょっと混乱するね」
 そう言うと、牧田は安心させるようにニコッとした。
「その小金井署がどこにあるか知ってる?」
「ええ。 貫井〔ぬくい〕トンネルを出てすぐよ。 JRの線路近く」
「よし、行こう」


 牧田の車は、表通りの四つ角に近い簡易駐車場に停めてあった。
 午後に授業があるという紫吹を残し、陶子は牧田と連れ立って外に出た。 空は薄曇になっていて、太陽は姿を消していた。
 西洋シーダーの生垣の横を歩いているとき、凄いスピードで自転車が通り過ぎた。 周囲に敏感になっている陶子は、道の内側になっていたにもかかわらず、どきっとして牧田にしがみついた。
 牧田は腕の下に陶子を引き込み、抱えるようにして歩いた。
「大丈夫だよ。 後ちょっとだ。 もう敵の正体がわかったんだから、警察に知らせれば襲われることはない」
「遺言書作るわ。 できるだけ早く」
 牧田の肩に頭を埋めるようにして、陶子は囁いた。
「佐々川常務を相続人から外す。 そうすれば、私を狙っても意味ないから」
「でもさ、それやると、奴を疑ってるとわかっちゃうよ」
 確かにその通りだ。 陶子は迷った。
 ぎゅっと陶子の肩を抱きしめてから、牧田は囁き返した。
「じっくり考えよう。 警察が力になってくれるよ」


 だが、車に乗って一分も経たないうちに、警察にさえ助けてもらえない事態が起きた。
 牧田が不意に下を覗き、グッと足を踏み込んだ後、差し迫った声で言った。
「ブレーキが効かない!」








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