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≪72≫
佐々川は芝居がうまかった。
純粋に陶子の身を案じているかのように、声を震わせていた。 正体を知らなかったら、きっと騙されていただろう。
だが、今の陶子は、もう信じやすい小娘ではなかった。 巧みな言い回しの陰に、かすかだがはっきりとしたわざとらしさを感じ取った。 そして、陶子の一人ぐらい、いくらでも言いくるめられるという、大人の傲慢さも。
牧田の予想通り、佐々川はすぐにこう言葉を続けた。
「こみいった事情がありそうだね。 いくらでも聞くよ。 どこに行けばいい?」
上手にこっちへ下駄を預けてくる。 陶子はカッとなりそうな自分を、辛うじて抑えた。
「今、会社ですか?」
「そう。 仕事中だからね」
「じゃ、これから出社します。 迷惑をかけたので、小野部長にもお詫びしないといけないし」
「え?」
案の定、佐々川は驚き、思わず本心を垣間見せてしまった。
「社内の連中には、わたしからうまく言っておくよ。 だから、まずわたしに説明してくれないと」
部長に陶子を会わせたくないような口ぶりだ。 きっと会社にも嘘をついているのだろう。 もしかすると、陶子を庇うふりをして、評判を落としにかかっているかも……。
新たな不安に襲われて、陶子は口早になった。
「いえ、やはり会社で、皆さんの前で話したほうがいいと思います。 急いで行きますから。 着いたら全部説明します」
「でもね……」
もう一秒でも声を聞いていたくない。 陶子は電話を切った。 切らずにはいられなかった。
全力疾走した後のように、息が切れていた。
牧田が、心配そうに顔を覗きこんだ。
「 真っ青だよ。 何か言われた?」
陶子はまだ放心状態だったが、努力してゆっくり首を横に振った。
「悪いことは何も。 会社に行かせたくないみたいで、どこかで先に会おうって。 牧田さんの言った通り」
牧田はテーブルのマグカップに目を据え、腕組みした。
「焦ってるんだろうな。 共犯者の裏切りで、計画がめちゃくちゃになって」
「会社へ行く前に警察へ行って、DNA鑑定頼んだほうがいいと思う」
紫吹が口を挟んだ。 陶子も、佐々川と顔を合わせるより先に、警察に事情を話しておいたほうが安心だと気づいた。
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